豪快なフォアと精神力。グランドスラム初出場の井上博文が持つ規格外の魅力
全米オープン車いすテニスジュニア男子でグランドスラムデビューを果たした井上博文(浦安車いすテニスクラブ)らをサポートし、日本車いすテニス協会のナショナルコーチを務める宇井啓氏。2年前の髙室侑舞選手(SBCメディカルグループ)のジュニア単複優勝以来のインタビューとなる今回は、日本代表スタッフとしての立ち位置の変化やS級エリートコーチ資格の取得、豪快なプレーで注目を集める中学生・井上選手の魅力について語ってもらった。
さらに、国枝慎吾氏や小田凱人選手らが築いた進化の波、2028年ロサンゼルス、2032年ブリスベンパラリンピックを見据えた中長期的な強化方針、そして「修造チャレンジ」のスタッフとしても感じている健常者と車いすテニスそれぞれの最新事情まで、現場の最前線を知る指導者ならではの視点をお届けする。
――宇井コーチの前回のインタビューから2年が経ちました。この間の変化などについてお話しください。2年前に高室(侑舞)選手が車いすジュニア女子でシングス・ダブルスを優勝した時以来ですね。活動自体は特に変わるところはなく、日本テニス協会の岩本功さん(ジュニアデビスカップ監督)ととも一緒にお仕事をさせていただいたり、今回は車いすナショナルチームのジュニアコーチの立場で活動をしています。

今大会、車いすジュニア男子の井上博文選手のサポートをしていて、ジュニアの視察も含めて帯同しています。パーソナルで選手に帯同してきていた前回と、今回は日本車いすテニス協会の一人として、選手とはある程度距離を取ってパーソナルコーチの後ろに立ち、自分がやれること、コーチと話をして情報の共有を行ったりするような変化はあります。個人的には2年前の全米オープン後に日本テニス協会S級エリートコーチの資格を取ったことも変化の一つになりました。
――井上選手と出会った時のことは覚えていらっしゃいますか。彼が出てきた時のインパクトはすごくありました。元々、彼のことは話で聞いていて健常者でテニスをやっていて、足の病気により車いすテニスに転向。初めて見た印象と今のプレーも変わらず、とにかく「パワフル」です。その中に積極的にボレーに出ていく姿勢があったり、インパクトは良い意味で変わらないですね。
――井上選手はグランドスラムのデビュー戦です。そうです。初出場ですね。「ジュニアフェスティバル」(以前は国別対抗戦ワールドチームカップ)という名前に変わりましたが、今年は車いすのジュニアのチーム戦があり、メンバーとして行ってすでに世界で活動はしています。世界ジュニアランク2位のマシュー・ノーセン(イギリス)とはダブルスを組んで優勝できますし(後日このペアで優勝)、彼も日本を好いてくれていて日本語で話しかけたりしてくれます。
――中学生とは思えない豪快なフォアハンドとサーブです。誰もが豪快でパワフルだという風に彼に言ってもらえていますが、まだまだチェアーワーク(車いすの操作技術)にしても、テクニックにしても荒削りなところがありますね。そうは言っても、やっぱり彼の豪快さは魅力的なところです。今はまだ指導で細かく言い過ぎないように伸び伸びとやらせています。たまに「このポイントはボールを入れていってもいいのでは?」と思うとこともありますが、振り切っていくところが彼のいいところです。
――国枝慎吾選手から小田凱人選手に受け継がれて、目指すところが明確に見えているのでしょうか。今の日本の車いすテニスは国枝さんや小田選手が敷いたレールがあることで、これぐらいのことはこの年齢でできなきゃいけないよね、というのが見えてると思います。そこをどう辿っていきながら、偉大な先輩・選手たちとは違う形で、新しい形を作っていければいいと思っています。
――ジュニア車いすテニスのレベルも年々上がってきているように感じました。本当に井上選手の今の実力ぐらいだったら、正直もっと優勝が簡単にできていた時代もあったと思います。先ほどのノーセン選手であったりとか、他の国にも強い選手が結構いて、(ライバルが多いという意味でも)本当にいい時代なのではないかと思います。
スピード化も進み、健常者のようにボールを2バウンドさせずに打っていくようになってきたことや、ネットに出てポイントを取っていくこと、守備範囲も広くなってきていることも含め、時代は進化していっています。それを築き上げていっているのは、小田選手を見ているからだと思います、彼がやるから「みんなできる!」と。健常者の戦術をミックスしていくことによって、これからもどんどん変わっていくと思います。
「ドロップショット」も近年多くなってきて、今度はそれをみんなが取れるようになってきた。そうなった時に、どうやってドロップショットを使っていくかという戦術にもなっていきます。打つタイミングも含め精度が高くないと決まらない確率も増えてきて、よりゲーム性が出てくるとレベルも上がってきて面白くなっていきます。
――宇井コーチの活動について一年の流れということでお話をお願いします。私自身は完全に強化のみのお仕事をさせていただいておりますが、日本車いすテニス協会としては普及活動に力を入れていて体験会なども含め、いろんなきっかけを作ったりという取り組みを継続的にやっています。年間の流れとしては決まっていて、協会の強化指定選手を集めた合宿をしたり、年に1度国別対抗戦があるので、そこでしっかり結果を出せるようにすること。その先のパラリンピックに向け、ダブルスの強化とか合宿の中で最近はよく取り組んでいます。
この全米オープンでは今後戦っていくであろうライバル達を見ておくことができたのは今回の収穫になりました。練習でやってできたことや、そうでないことというのは当然ありました。そういう意味でも今回遠征に来させていただいたということでも日本車いすテニス協会には感謝しています。
――今後の目標を教えてください。パラリンピックを目指しています。次はロサンゼルスですが、現実的に見て次世代の選手が活躍するのは最短で2032年のブリスベンです。松岡星空選手はおそらくそこに引っかかる可能性のある選手だと思います。井上選手に関してはブリスベン五輪のその先で日本がメダルを取れるような土台と、その次に引き渡していく準備をやっていかなければならないと思います。
――車いすテニスのファンの皆さまに伝えたいことはありますか。これまで以上に健常寄りのテニスになって、昔よりスピード感やパワーが増しています。その中にテクニックや戦術っていうのがあって、見応えがある試合を男子、女子含めて多くなっていると思います。どこの国も日本というところをターゲットにして準備していると思うので、そんなハイレベルな日本選手のプレーを観てもらえる機会っていうのを増やしたいですね。この車いすテニスが発展できるように普及活動であったり、強化っていうところをより良くしていきたいです。
――健常の方では「修造チャレンジ」に宇井コーチは引き続きスタッフとして活動されていますね。日本のジュニアのレベルも確実に上がっているように思います。だからこそ本当にタフな選手、飛び抜けて強い選手が出てくるのか、というところになります。昔の方が…という言い方は良くないのかもしれませんが、ハングリーさやエネルギーを表に出す選手が多かったというのが特徴で、そういう意味では良くも悪くもドライというか、我々が関与できないところでもあります。
それも踏まえると、車いすテニスの井上選手は最近では珍しいタイプの子ですね、昔は彼のような子が多かった。だから面白いんです。一回でも彼のプレーを見てほしい。あんなにバックハンドをミスしているのに、「今日はバックの調子が良い!」って言ってるんです(笑) 訳がわからないところも魅力です。
「修造チャレンジ」に関しては(松岡)修造さんや(岩本)功さんたちの活動してきたことを次の世代に継承して繋いでいかないといけないと思ってるので、私が何かやれることがあれば嬉しいですね。今はいただいた仕事を「健常」「車いす」と分けずにお話があれば全力でやるようにしています。
――練習環境は「車いす」と「健常」では国内の練習環境における違いはありますか。車いすテニスに関しては、競技人口が多くないので、小田凱人選手が練習をしている「諸の木テニス倶楽部」に代表されるクラブもあります。これからは「有明」が車いすテニスの強化拠点となってくるのでジュニアの選手や合宿も含めて集まりやすいと思います。上地選手や小田選手が日本でやっているので、国内でやっていても十分通用する選手になれると思います。
ジュニアで言えば、どんどん世界に出ること、世界の選手と練習してマッチしてというところですね。健常の場合、日本だけというよりも、海外に出ていくことの重要性を感じます。ある程度、小さい頃から海外の選手と打ち合うことでボールや環境に慣れることは大事だと思います。感受性などが閉じて視野が狭くなる前に海外の経験をしておくことが大事ではないでしょうか。健常、車いすテニス関係なく、日本を拠点にしながらも、チャンスがあれば小さい時から海外を経験し、世界基準、世界の目をつくり、いつでも行ける準備をしておくことが重要だと思います。
――次世代を担う選手の紹介や「車いす」と「健常者」の二刀流での環境など活動など貴重なお話をありがとうございました。