樫村亮コーチ「高いレベルを触れさせるとそれが『標準』に。ふと自分から『必要だな』と思ってやる時がくる」
昨年の全米オープンジュニアに初出場で初白星を手にした17歳の沢代榎音(さわしろ・かのん/H.Y.S)。今年はウィンブルドンと全米オープンジュニアで3回戦に進み、9月の大阪市長杯世界スーパージュニアでもベスト8に進んだ。一歩ずつ確実に前に歩みを進める沢代を7歳の頃から沢代を指導するというH.Y.S代表の樫村亮コーチに、今の課題、海外遠征を経ての成長について聞いた。
――「全米オープンジュニア」2回戦では第8シードに、最終セット3-1の40-15から悔しい敗戦となりましたね。「大事なゲームを落としてしまったというのはあるのですが、そこから3-2にされても、その次のゲームでもう一度切り替えてファイトできれば良かった。それができずにガッカリしてしまい、ポンポンと持っていかれるので、そこはまだ修行中。相手のミスから油断や隙ができ、再度少し流れが来ていたのですが、そこも取りきれなかったですね」
――とはいえ試合開始から7ゲーム連取されてからの挽回でした。「追いつこうとする方が向いているのだと思います。ウィンブルドンの時には、前哨戦のローハンプトン予選決勝、ラッキールーザーで本戦入りした1回戦で敗れた相手と3回連続で対戦しました。最初の2戦は沢代が第1セットを取ったのですが負けてしまい、ウィンブルドンでは第1セットを落として勝ちました。先にリードするとどうしてもリードを守りたく手堅く、弱気になってしまうのも課題です」
――ちょうど1年前にお話を伺った時から沢代選手の身体も逞しくなり、サーブも強化されていて、打ち込まれることも少なかったように思います。「このインタビュー前に、一年前に比べて何が成長したか聞かれるかなと思って困っていました(笑)ずっと一緒にツアーを回っていると、成長に気がつかないのですが、皆さんに随分変わったと言ってもらえたので少し安心しました。最近では少しだけアグレッシブにポジションを取るようになり、ボールを捉えられるようになっています。自分から攻めるプレーも少しずつ増えてきましたし、サーブも少しずつ良くなってきています。まだまだ、入れにいくことばかり優先してしまうので、サーブを使って攻めることも課題です」
――その他にも沢代選手が課題に取り組んでいることはありますか。「いっぱいありすぎますね(笑) 1番はサーブ、そして自分から仕掛けるダウンザライン、ネットプレーでの冷静さ、相手のセカンドサーブに対しての戦術、ポジショニング、ストロークの軌道、下半身の連動、などなど言い出したらキリがないです(笑)そして、覚悟ですね。これが1番必要です。どうしても楽な方楽しい方に逃げてしまう。少し満足しているのかもしれません」
――沢代選手はドロップショットも試合の中で織り交ぜていて、ダブルスのボレーも苦手意識なく楽しんでいるように見えました。「沢代が小さい頃からドロップショット使わせていたので、苦手なショットではないと思いますが、緊張してくると使わなくなってきます。ボレーも自分で展開して、その流れで前に出ることはできるんですが、まだまだ技術的にも伸び代だらけです」
――そういう意味では、まだまだ伸び代がたくさんありますね。「“伸び代の沢代”といつも自分で言っています(笑)」
――樫村コーチの理想の選手やプレースタイルなどを教えてください。「(沢代選手の参考に)身体の小さい選手を見ているのですが、パワーがないので理想の選手と言っても難しいですね。ジャスミン・パオリーニ(イタリア)も一見小さそうですが、(同じようなパワーはないので)真似するのは難しい。中々ここまで小柄で細い選手もいないので、とにかく動きまくるカウンターパンチャーですかね」
「今は年齢的に17歳なので、これから追い込んでいくトレーニングを入れていくと相手に打ち負けなくなると思います。ですが、その時間を取れないのが現状です。試合が続いていて、どこでその時期を作っていくのか。今は一般のツアー大会とジュニア大会と並行して出場していることもあり、スケジュールの調整が難しいところです」結局本人の意識が高くないとダメですね。ツアー中でも変わらずトレーニングに励んだり、サーブを打ち続けたり、練習し続けて、そう言うことを意欲を持って当たり前のようにできる選手でないとプロでは通用しないと思います」
――沢代選手に樫村コーチの意図していることが届くのは、試合後のミーティングでしょうか。「私の言うことはあまり聞きません。普段、私が言っていることを代表監督や元プロテニスプレイヤーのレジェンドの皆さんが、同じような話をして下さると、少しは聞いているようにも見えますが(笑)これからプロになって、ここ(グランドスラム)に帰ってくるのは、とんでもない努力が必要です。周りと群れずに人と違う行動を取り、何倍も努力しなくてはと、私は小姑のように言い続けて…とやってきましたが、なかなか通じてはいないですね」もうこれ以上しつこく言うのを止めようかな、好きにさせようかな、と何度も考えますが。それでも、誰よりもテニスが好きで、負けず嫌いなその気持ちは本物だと思っています。だからこそ、いずれ必ずこの舞台に“プロの選手として”戻ってくると信じています」
――昨年の全米オープンジュニアから1年が経ち、気がついたことやツアーを回っていて昨年との違いなど感じたことはありますか。「練習相手を探すために、物怖じせずに、誰にでも積極的に声をかけるようになりましたね。今の時代、インスタのDMで会場にいく前に練習相手が決まることが多いんです。昔は英語が喋れないと練習相手が見つからないと言っていたのですが、英語も翻訳ソフトを使えばコミュニケーションが取れる。挨拶から始まり、ラウンジで喋るようになってきて徐々に英語を話すようになってきました。そういう意味ではこの一年の違い、成長といえば英語でのコミュニケーションが取れるようになってきたことですね」
――「結果」が出ないことによる心に与える影響などを回避する方法があれば教えてください。「今年は全豪ジュニアが終わってから勝てない時期が約半年続きました。大泣きして電話がかかってくることも何度もありましたが、甘えずにやり続けるしかありません。今年はITFチームに、ジュニアの試合や一般のツアーに何度か連れて行ってもらいました。週刻みで試合があり、良い時も悪い時もそれを継続して行き続けているからこそ今があるのではと思います」
――日本には素晴らしいコーチがたくさんいるように思います。樫村コーチが世界を回っている中で、ご苦労だったり、嬉しいことなど何か参考になることがあれば教えてください。「日本人からするとグランドスラムやITFの大会というのはすごいと言うイメージがあると思います。強い奴がいっぱいいるすごい場所だと。だから、『(世界のトップに行くことが)無理そう』と思っているし、私自身もそうでした。ずっと海外に行き続け、ランキングを上げるにはご家族の覚悟や、ホームコーチのご理解、資金が必要になってきます。でもそこをなんとかトライして、やり続けることで『もしかしてもっといけるんじゃない?』とより上を目指せるようになってきました」
「『あの人は特別な人だから特別なことをやっている』という風に見られがちですが、そんなことなくて、沢代は全国大会でベスト8以上はありませんし、全く注目されてきた選手ではありませんでした。(資金的な問題やホームスクールの問題で)ホームコーチが外に出られないからツアーコーチにお願いするパターンも多く見られます。是非ホームコーチが一緒に帯同して世界を見て刺激を受け、勝利の喜びや悔しさを一緒に体感し、それをホームに持ち帰ってその感動や刺激を広げていって欲しいなと思います」
――「プロ」コーチへの在り方を見たように思います。「コーチングとしては、いつも同じことを言っているんですよね。(プロのコーチが)言っていることがすごいから選手が育つこともないと思っています。ずっとこのレベルにいさせて、周りと同じ高いレベルを触れさせていたら、それが『標準』になっているという感じでしょうか。それで、ふと自分から『必要だな』と思ってやる時が来たりします。去年は、アニカ・ペニコバ(アメリカ)にサーブを叩かれてから、私が何も言わずにサーブが良くなっていきました。(全部ではないけれど)コーチングというのは無意味だと思うことが多々あります。このインタビューでこの1年で沢代の何が変わったのか、という質問にどう答えたら良いのかわからなかったのですが、振り返りになりました」
――良い場にいることが成長につながる貴重なお話しでした。沢代選手の今後の活躍を楽しみにしています。
