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2026.01.29

選手情報

聖域なき「舞台裏」――ガウフのラケット破壊を中継し露呈させた選手の尊厳と境界線

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ガウフの舞台裏ラケット破壊が波紋 中継の自由と選手の尊厳を巡る議論


「全豪オープン」(オーストラリア・メルボルン)を舞台に、テニス中継のあり方を巡る議論が沸騰している。発端となったのは、女子シングルス準々決勝で敗れたココ・ガウフ(アメリカ/世界ランク3位)が、一般客の目に触れないはずのバックヤードでラケットを破壊した場面が、カメラに収められて全世界に中継されたことだった。

【動画】完敗直後に怒りが収まらず…ガウフがラケットを破壊したシーン

エリーナ・スビトリーナ(ウクライナ/同12位)から3ゲームしか奪えず完敗を喫したガウフは、敗戦直後の極限的なフラストレーションを処理するため、あえてカメラや観客に見られないと判断した通路の物陰を選び、ラケットを叩きつけた。これは、子供たちの手本であるべきプロとして、コート上でのラケット破壊を避けるという、彼女なりの矜持に基づく行動だった。

しかし大会側は、臨場感を伝える演出の一環として、こうしたバックヤードの様子を撮影している。ガウフは試合後の会見で、「特定の瞬間を放送する必要はない。感情を吐き出さなければ、周囲の人に当たってしまう。チームはベストを尽くしてくれたのだから、そんなことはしたくなかった。そのために場所を選んだはずだった」と述べ、選手に残された最後のプライベート空間が侵食されている現状に警鐘を鳴らした。

この訴えに強く同調したのが、アマンダ・アニシモワ(アメリカ/同4位)である。彼女は、テニス選手が直面する精神的負荷について、次のように語った。

「テニス選手は、試合直後には完全に理性を失うことがある。これほどハードに努力し、それが報われなかった直後の48時間は、あらゆる合理的な感覚が消え去ってしまう。これは他の職業とはまったく異なる性質のもの」

アニシモワの指摘は、舞台裏で噴出する激しい感情が、プロとしての「人格」ではなく、極限状態が引き起こす「生理現象」に近いものであることを示唆している。「ココの動画について言えば、彼女には選択権がなかった。それはとても辛いことだと思う」と、ガウフの立場を慮った。

イガ・シフィオンテク(ポーランド/同2位)もまた、この問題に深い理解を示す一人だ。

「私たちはテニス選手なのか、それとも動物園の動物のように、用を足す時まで観察される存在なのか、という疑問はある。もちろん言い過ぎではあるが、ある程度のプライバシーが守られる環境のほうがいい。常に見られることなく、自分のプロセスに集中できることが理想だ」

ファンが立ち入ることのできない空間までが常時撮影・配信され、それがエンターテインメントとして消費、制度化されていく現状に、強い懸念を示した形だ。

スポーツビジネスにおいて、舞台裏の露出はファンの関心を高める有効な手段であることは間違いない。しかし、一般人が立ち入ることのできない「死角」までもライブ配信の対象とする現在の中継スタイルは、アスリートにとっての最低限の尊厳を脅かしかねない。

全豪オープン運営側は、ガウフが指摘した「ロッカールーム以外にプライベートが存在しない」という状況を、どのように受け止めるのだろうか。リアリティを追求するコンテンツ戦略と、アスリートが「一人の人間」に戻れる聖域の確保。そのバランスをどう取るのか。テニス界は今、デジタル時代における新たなルール作りを迫られている。

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写真=田沼武男 Photo by Takeo Tanuma