「博多の森」を高校テニスの聖地・甲子園へ
福岡・博多の森テニス競技場を舞台に、高校テニス界屈指の熱量を誇る「全国選抜高校テニス大会」(以下、センバツ)。その舵取りを担って10年目を迎えた古賀賢大会会長は、今、かつてないスピードで大会の改革を進めている。ウイルソンとの強力なパートナーシップにより実現した「全米オープンジュニア予選ワイルドカード」の付与。それは単なる特典ではなく、停滞する日本のジュニア育成に一石を投じる、世界への最短ルートであった。
「部活動は世界に通じる」。そう断言する古賀氏の視線の先には、昨年の王者・富澤直人が全米の舞台で証明した成果、そしてテニスを通じてAI時代を生き抜く次世代への教育論があった。高校テニスを「人生の誇り」へと変え、博多から世界へ。情熱の旗を振り続ける古賀会長が語る、選抜大会の現在地と未来の全貌に迫る。
センバツの大会会長に就任して10年。古賀氏が着任当初から一貫して抱き続けてきたのは、「センバツを高校スポーツのモンスターである『甲子園』に匹敵する存在にする」という野心だ。
「ちょうど10年ですね。48回大会で10年目になります。大会に出場する子どもたちにとって、自分はセンバツに出たんだということが人生の誇りとなり、自信につながるような大会にしたい。それが着任時に一番に思ったことです」
野球における甲子園、ラグビーにおける花園、サッカーにおける国立。大人になっても「自分はあの聖地に立ったんだ」と胸を張って言える場所が、テニスにも不可欠だと古賀氏は説く。
「高校生の聖地というものは、非常に大切だと思うんです。これだけ素晴らしい環境の博多の森でずっと開催させていただいているのは、ここを高校テニスの聖地としてブランディングしていくためです。10年経ってもまだまだやり切れていない部分はありますが、福岡市や福岡県の皆さんとも相談し、街づくりの一環として、ここを特別な場所にしていきたいと考えています」
「選抜から世界へ」という旗を、大人が本気で振る
大会のスローガンである「選抜から世界へ」。これを単なるスローガンで終わらせないためには、まず指導者や運営側といった「大人」の意識改革が必要だと古賀氏は指摘する。
「大人が本気になって旗を掲げることが大切です。僕らの世代ではビヨン・ボルグという大スターが出たら、次はビランデル、エドバーグとスウェーデンの世代が続いていきました。誰か一人突き抜けた存在が出てくると、やはりそういう力が生まれるんです。しかし、大人側が『世界は遠いよね』と距離を感じていたら、選手も絶対にその距離を感じてしまいます」
その「大人の本気」の成果は、具体的な数字と実績として現れ始めている。2023年には里菜央が全米オープンジュニアのダブルスで準優勝。2025年には富澤直人が予選を突破して本戦入りし、全米3位の有力選手を破る快挙を成し遂げた。
「富澤君たちが世界でいい試合をするのを見て、絶対に通用すると確信しました。大人が信じて発信し続けることで、子どもたちは変わってくる。扉は、確実に開き始めています」
2025年の全国選抜高校テニス大会の男子シングルスを制した富澤直人は、全米オープンジュニアで予選を勝ち上がり本戦2回戦へ。今年からミシガン大学アナーバー校に進学する予定となっている。
SNS戦略と「他業種融合」による大会のオープン化
古賀会長が今年、特に力を入れているのが「情報のオープン化」だ。これまでのテニス界の枠に収まらないプロモーションを展開している。
「今年から特に力を入れているのはSNSです。抽選会から戦略的に強化した結果、再生回数は以前と比較して3000%も伸びました。一つの投稿で2万、3万回と再生され、累計では250万回を超える勢いです。若年層はそこから情報を得ますから、ブランディングにおいてSNSの力は欠かせません」
さらに、テニス関係者だけで完結する大会からの脱却も視野に入れている。
「違う層の人たちを呼ぶ力が必要です。例えば、キッチンカーの全国大会を併設してカレーを食べに来てもらう。あるいはeスポーツの大会を融合させる。他者との組み方を工夫することで、テニスに触れていなかった人たちにもこの熱量を伝えていきたい。まだまだ可能性は広がると信じています」
AI時代を生き抜く「伝える力」と「個の突出」
教育者として柳川高等学校の校長・理事長も務める古賀氏は、大会を通じて育みたい能力として、今の時代ならではの「伝える力」を強調する。
「これまでの部活動は、チームワークや協調性を学ぶことが正解とされてきました。もちろんそれは正しいのですが、これからのAI時代、子どもたちに必要なのは『自分の意志を伝える力』です。AIにどう指令を出すか、どれだけ的確な言葉を紡げるかが問われる時代になります。だからこそ、僕はそちらに舵を切りたい。人と違っていい。とんがっていていい。前の人に倣うのではなく、自分だけのクリエイティブな発想を持ち、それを発信する力。これこそが、これからの子どもたちに必要な資質です」
日本の画一的な教育から脱却し、高い自己肯定感を持って「自分は世界一になれる」と信じられる人材を育てること。古賀氏の教育哲学は、大会運営の細部にも浸透している。
ウイルソンとの共創:夢を具現化する「プラチナチケット」の重み
ウイルソンとの強力なパートナーシップによって実現した「全米オープンジュニア予選ワイルドカード(WC)」の付与。これは、日本の高校テニス界における単なる「支援」を超えた、文字通りの革命といえる。
「全米オープンというのは、世界を転戦してポイントを積み上げた一握りのトップ選手しか立てない舞台です。そこに、この日本の選抜大会の優勝によって手が届く。これほど夢のある話はありませんし、ありがたいことです。ウイルソンさんという、全米オープンのオフィシャルボールやストリンギングも手掛ける世界最高峰の企業と組ませてもらっているからこそ可能な恩恵だと思っています」
古賀氏は、このパートナーシップを「出ることに感謝する段階」から、次のフェーズへ進めるべきだと強調する。
「以前の大会は、チケットをいただけること自体にありがたみを感じるような雰囲気がありました。しかし、僕はそれではいけないと思うんです。ウイルソンさんと共に『選抜から世界へ』という旗を振る以上、勝ちに行かなければならない。選手が世界で勝ち、活躍することこそが、ウイルソンさんへの最大の恩恵であり、恩返しになると考えています。この一発勝負でチケットを掴み取れるという環境は、学生にとって非常に貴重な、まさに『プラチナ』の価値があるものです」
「全国選抜高校テニス」個人戦の優勝者に与えられる全米オープンジュニア予選ワイルドカードの権利。今年は男子が櫻井義浩(湘南工大附)、女子が窪田結衣(大商学園)に与えられた。写真はウイルソン・ブランドヘッドの松沢猛氏(左)と女子優勝の窪田結衣。
メーカーの垣根を超えた「世界へのパスポート」づくり
ウイルソンとの連携は、大会のブランディングにも大きな影響を与えている。古賀氏は、ブランドが持つ「世界へのネットワーク」を最大限に活用し、高校生に新たな選択肢を提示しようとしている。
「ウイルソンさんの協力もあり、去年の富澤直人君が全米ジュニア予選を勝ち上がって本戦入りし、アメリカのナンバー3の選手に勝つという成果を上げました。これを見て確信したのは、日本の部活は世界に通じるということです。ウイルソンさんのように世界を知る企業と組むことで、選手たちに『世界は遠くない』という感覚を肌で感じさせることができます」
さらに2026年5月からは、柳川高等学校を会場に、米国の大学コーチを招く「アメリカ大学ショーケース」※を開催する。これには、アメリカへのテニス留学に精通している馬場猛氏(株式会社PASSPORT代表)が深く関わっている。
「5月のショーケースも、世界に行きたいけれどどうすればいいか分からない子どもたちにチャンスを与える場です。ウイルソンさんとのタイアップで生まれたUSオープンの流れが、今度は富澤君のようにアメリカの大学進学という具体的なキャリアパスに繋がっていく。情報がないだけで、可能性は無限にあるんです。メーカーと大会が本気で手を携えることで、単なる道具の提供に留まらない、人生を変えるためのパスポートを私たちは用意し続けたいと考えています」
※九州初開催の「アメリカ大学ショーケース」について古賀会長がインタビューで言及した「世界への道筋」を具体化する試みとして、2026年5月26日に柳川高等学校にて、九州初となる「アメリカ大学ショーケース」が開催される。本イベントは、全米の大学テニスコーチを招き、日本の高校生が直接スカウティング(トライアウト)を受ける場を提供するもの。主催は、ニューヨークを拠点に35年の実績を持つ馬場猛氏が代表を務める「株式会社PASSPORT」が担当する。単なるマッチプレーの場に留まらず、アメリカの大学テニス留学に関する説明会やコーチとの直接面談も実施される。古賀会長が提唱する「日本の部活を世界へ繋げる」ための、実務的なプラットフォームとしての役割を担う。【開催概要】日時: 2026年5月26日(火) 11:00~18:00会場: 柳川高等学校(福岡県柳川市)対象: 世界への挑戦を志す高校生テニスプレーヤー構成: オンコートでのマッチプレー、個別面談、留学説明会詳細・申込: 株式会社PASSPORT公式SNS、または専用フォームにて受付(info@pas-sport.org)
「脳を騙せ」という最大の激励
最後に、高校生へのメッセージを求めると、古賀氏は力強くこう締めくくった。
「一言で言うなら、脳を騙してください。自分は世界に通用するんだ、自分は日本一になって当たり前なんだと、脳を思い込ませること。周囲に日本一がいれば、日本一になるのが近くなります。IMGアカデミーに行くと周りが世界一だから、自分もなれると思う。ウイルソンさんのような世界を代表するブランドがパートナーとしているこの大会なら、自分たちも世界へ羽ばたける。指導者が、そして大会側がそれぐらいの意識を持って旗を振れば、子どもたちは必ずその舞台に立てるはずです」
博多の森を「聖地」と呼び、ウイルソンと共に「世界へのパスポート」を配る。古賀会長がこの10年で築き上げたのは、単なるトーナメントの枠組みではなく、高校生の未来を劇的に変えるための「仕組み」そのものである。「選抜から世界へ」というスローガンが結果として出つつある今、日本の高校テニスは新たなフェーズに突入した。大人が本気で旗を振り、子どもたちが自らの意志を世界に伝える。その連鎖の先に、博多の森から世界一が誕生する日は、そう遠くないはずだ。