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2022.09.15

選手情報

車いすテニス・古賀雅博コーチインタビュー、「大谷桃子に求める“クリエイティブさ”」

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絶えず向上を求める古賀雅博コーチ

大谷桃子(かんぽ生命/世界ランク8位)のコーチを務めるのが古賀雅博氏。2016年からコンビを組んでおり、親子ほど年齢差があるものの、「以前は本気で言い合って、よくケンカをしましたね(笑)」と語る。古賀コーチが目指すのは、勝つテニスと魅せるテニスの両立。それを体現するのを楽しみにしたい。

【写真5点】大谷桃子USオープン写真ギャラリー

Q.USオープンではシングルス1回戦で途中棄権。残念な結果となりましたが、この1年は、どんなことにフォーカスしてきたのでしょうか?

「現在は、攻撃の割合を増やしている最中で、考え方の変化が起きていると思います。彼女は石橋を叩いても渡らない慎重派。そこは僕とは正反対です。もっといろいろやらないと車いすテニスを見ている人もおもしろくないよと話をしています。いろいろやってチャレンジして、選択肢を増やしてクリエイティブさをプラスしてほしいという話ですね。

車いすテニスの場合、2バウンドまでOKなので、タイミング、タッチがかなり良くないとドロップショットは決まりません。ただ取られてもいいので相手の陣形を崩せば良いという考え方もある。それも伝えていますが、現状、なかなか使えていません。例えばダブルスで相手ペアが、ベースライン後方にいるなら、前に誘き出さないと、なかなか決まりません。ドロップショットを打てれば展開しやすくなります。そこは課題ですね」

Q.大谷選手としては、これというパターンを持っているわけですね。

「そうですね。シングルスではオープンコートができやすいので良いと思います。ただ、ダブルスではドロップショットも打っていくべきで、本人も打てるのに使わないのはもったいないですね。スピンをかけるのがうまい選手なので、ショートクロスは打てるのですが、握力が少し弱いこともあってスライスに少し苦手意識があるのかもしれません。

そういった障碍の部分の問題点もあるのですが、ドロップショットを加えることで、スピンの良さがもっと活きてくるはずです。それでも、シングルスに関しては、全仏オープンでは“攻め方がうまくなったな”と感じるなど、より攻撃的になってきているなと感じます」

Q.グランドスラム制覇のためにも、そこが一つのステップというところですね。

「海外勢はやはり手足が長くパワーもあります。そこに打ち勝つというのは難しいので、とにかく返していかなければならない。現時点では、まだそこまで行けていないと認識しているので、もっとトレーニングを積んで体を大きくさせないといけませんね。体が細いので先ずはそこだと思います」

Q.現在、円安が進んでいるため、遠征費というところはネックになりませんか?

「新型コロナウイルスによるパンデミックが起きてから、約3倍はかかるようになりましたね。今回のオフィシャルホテルも、日本円換算で1泊4万5,000円。選手の宿泊代は大会持ちですが、スタッフの分は選手側の負担になります。

遠征費は、グランドスラムが一番かかります。賞金はどうかというと、シングルとダブルス両方優勝して700〜800万円ぐらい。健常者の賞金とはケタが違いますが、車いすテニスの大会では抜群に高い部類です。下部大会も上がってほしいのは事実です。そのためには、こちらも良いパフォーマンスを見せ、見に行きたいなと思わせるものにならないといけません。賞金が上がるためには、そこが大事だと思っています」

Q.勝つテニスと楽しませるテニス、そこは難しいですね。

「車いすテニスの試合を見ていて観客が早めに席を離れてしまうケースがあります。見どころが分かっている僕たち関係者がおもしろくないものは、一般の方はよりおもしろく感じるわけがありません。

そういう意味では男子シングルスのトップ10は、魅了できるテニスをしていると思います。やはり速さ、激しさというところに人は惹かれます。加えてテクニック的にも素晴らしいものがありますので、女子はもっと頑張らないといけません。

賞金を上げたかったら、絶対に必要なことで、仮に今、センターコート(アーサー・アッシュ・スタジアム)で車いすテニスの試合をしたら何人来るかと思うと、現状は簡単ではないと思います。お金を払って見たい人が何人いるのか? そこが一番必要なことだと思います。もっと特徴ある選手が、どんどん出てくるべきですね。今回、USオープンがドロー数を拡大して、それは良いことだと思いますが、一方で正直、レベルや質を上げないと観客が楽しめないかなと不安もありますね。

Q.車いすテニスの世界に入るきっかけを教えてください

「大谷に頼まれたのがきっかけです。当時、僕は社会人のテニスチームでプレーしていました。そのダブルスパートナーが理学医療士の方で、そこに大谷が来たんです。彼の紹介で一度会いました。そういうきっかけでコーチを頼まれたわけですが、こちらは車いすテニスはやったこともなければ、見たことも教えたこともありません。自信もないので実は最初、断ったのです。これはよく記事にされて僕が悪者にされるのですが(笑)  元々フリーでテニスコーチをしていて、教えるならば金銭が発生する。車いすテニスだからボランティアでやるとなると生活の問題が発生してしまいます。

それでも彼女が何度も来て(笑) ある日、2週間後に試合があるが、まったく練習していないので1日限定で教えてほしいと頼まれました。球出しやラリーなど指定してもらえたら相手ぐらいはできるから、と。1日限定だったはずが、彼女の中ではこれで今後も練習ができると思い込んでいたんですよ(笑) なんかうやむやにされましたね。だからスタートがいつか明確ではない感じです」

Q.技術的なことになりますが、ベースライン後方で回るのが、ボールを待つ体勢になりますね。

「健常者ならサイドステップを多く使うと思うのですが、車いすの場合はターンをしながら動かさなければなりません。ボールを打ち続けていると自然に前に行ってしまいます。前に出たら、深いボールが返せなくなってしまう。急ストップから、すぐ動き出せる選手もいますが、初動には大きな力が必要です。ずっと動き回ることで少ない力でチェアワークが楽になるのです」

Q.すると、ネットに出るのは比較的不利になるのでしょうか?

「女子の車いすテニスの場合は、前に出る人が少ないので、ラリー、ポイントが長くなりがちですね。また、点で捕らえなければならないのでスマッシュは特に難しくなります。僕も車いすに乗るとなかなかうまくいきません(笑)」

Q.古賀さんも実際に車いすに乗ってプレーするのですか?

「はい大谷を教えはじめて、1年くらいしたところで、競技用車いすを譲ってもらいました。それからずっと2年ぐらい毎日1時間は車いすに乗って一緒に練習していましたね。自分も乗ることで、難しいポイントや嫌なところなどが理解できるようになりました。この経験が無ければ分からない事も多かったと思います」

Q.特にサービスが難しそうですが、その中でエースを取る選手もいますね。加えてチェアワークも難度は高いと思います。

「海外勢の男子だと、腕が長いのでサービスエースもありますね。健常者の人が車いすに乗ってサーブを打つと、車いすがスイングの際に自分が求める方向とは逆に回転しまいます。これは、ぜひ健常者の人にも体験してほしいものですね。

チェアワークもそうですね。大谷も障碍を持ってからの年数が少なく、最初は車いすのコントロールに時間を割きました。今となっては、それが良かったと思います。大谷は、高校時代、テニスでインターハイに出場しています。健常者のテニスのイメージがあるからこそ、車いすの操作は慣れるまで難しかったと思います」

Q.日本でもさらに認知、人気が上がるといいですね。

「そうですね。だからこそ、有明コロシアムでも試合をやらせてほしい。楽天ジャパンオープンでは男子8ドローの大会が今回行われますが、女子はありません。USオープン直後にある東レ パン パシフィック オープンテニスで、車いすテニスの部が実現できたらうれしいですね。いずれにせよ、あの場所で披露する良い舞台があれば良いなと思います」

Q.これから車いすテニスを始めたいという方にアドバイスをお願いします。

「少しずつ、日本のテニスクラブも車いすを受け入れてくれるところが増えてきています。まずは体験してほしいですね。車いすに関してはまず先輩のものを借りるところから始めるケースがほとんどです。絶対誰かが貸してくれるので。そこは頼るべきだと思います。買うとなると、最初は30〜40万円くらいかかります。ラケットはクラブから借りればいいし、最初は気軽に始められるスポーツだと思いますよ。日本車いすテニス協会に相談してみてください。

個人的には各都道府県に1ヵ所ずつ車いすテニスができる場所を設けてほしいと思っています。それは過去にサッカー・Jリーグが各都道府県に1チームを作る、と取り組んでいたことにも近いかなと思います。

まず“行けるところがある!”ことが重要で、まず使えるコートがないと体験もできない。また、いろいろな活動をしていき、車いすテニスのコーチも増やしていきたい。コート、そしてコーチの数も増えていけばいいなと思っています。

車いすテニスを教えるのに少しためらいがあるというコーチの方は、まず自らやってもらえればと思います。教えるというよりも一緒に考えていくというスタンスの方が、選手の気持ちも理解できるはずです。偉そうなことは言えませんし、彼女にとって私でいいのかという葛藤はいまだにありますが、彼女のパーソナルコーチでいる間は全力でサポートしていきたいと思います」

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