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2024.05.09

選手情報

渡米30年、プロも経験した木下明美が考えるプロコーチとしての在り方「自身のコンディションは完璧に。知識、言葉などたくさんの引き出しを持つこと」

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木下明美がアメリカの名門クラブで築いた「常にトップレベルのコーチング」


かつて全米オープンテニスが行われた「ウエストサイドテニスクラブ」のスタッフとして関わり、現在でもニューヨーク屈指の格式が高い「リバークラブ」でコーチを務める木下明美氏(旧姓・西谷)。1980年代では少なかったアメリカの大学に進学しプロの道へと歩を進めた。当時のプロで感じたことや今の日本女子テニスに感じること、自身のコーチ論を聞いた。

【画像】グランドスラムチャンピオンンのジェンセンやタチシュビリらとともに仕事をしてきた木下明美氏

玉川学園在籍時の1980年から82年にはインターハイ団体3連覇を成し遂げた木下氏は、アメリカ留学後プロへ。全豪オープンや全仏オープン、ウィンブルドンとグランドスラムに計6度出場した。以降はアメリカを拠点に、格式の高い名門クラブでコーチを務めてきた。ツアープレーヤーだけでなくテニスクラブのコーチとしても経験している木下氏に、選手とコーチの関係性やプロコーチに求められること、今後の目標について聞いた。

――木下さんがテニスを始められたきっかけを教えていただけますでしょうか。 

「グリーンテニスクラブ(東京)で家族会員になり、飯田藍先生(日本女子テニス連盟名誉会長)と出会ったことがきっかけでした。当時は“ジュニア育成”の草分けで少し上の年代には米沢徹さん(TEAM YONEZAWA主宰)も在籍していて必然的に強くなっていく環境であり、藍先生とみんなでアメリカ遠征に行ったりし、影響を受けてきました」 

「高校は(グリーンテニスクラブと近い)玉川学園に通い、藍先生と一緒に桜田倶楽部へ。そしてジュニアのトップとなって、アメリカのペパーダイン大学へ2年間留学をした後にプロになりました。ジュニアの頃からITFの試合に出ていたため、プロになることを視野に入れるのは自然でしたね」 

――プロとしてWTAツアーに参加された頃のメインドローにはマルチナ・ナブラチロワやクリス・エバートも現役の終盤でした。そこからシュテフィ・グラフへの世代交代の時代を経験されています。 

「グランドスラム予選に引っかかるということは大変で、日本でいう1万ドルの大会を仲間と回っていました。賞金もほとんどないような中、ようやく1989年から90年ぐらいに大きな試合に出られるようになり、インディアンウェルズやマイアミの予選から本戦に上がれるようになりました。(なかなか本戦に上がれず)大変な時間が多かったです」 

――当時を振り返っていただいて現在のテニスとの違いなどがあれば教えてください。 

「先日、私の所属する(アメリカのマンハッタンにある会員制テニスクラブ)リバークラブのメンバーの方が、YouTubeで私とサバティーニが対戦した1989年のフレンチオープン1回戦の試合を観て、『ボールがスローモーションに見えたよ!』と言っていました。 グランドスラムのデビュー戦で0-6、0-6というスコアで負けて、緊張もありましたが話にならなかった。(当時のテニスと現在との違いは)スピードが全然違います。肉体的なところやボールのスピードなどが決定的で大きな差ですね」 

――それは道具の進化によるところも大きいのでしょうか。 

「女子ツアーのテニスの変化については一概には言えないところがありますが、テニス人口の裾野は(プロで活動していた頃より)広がったように思います。昔はテニスをやっている人は限られていたかもしれませんが、今は誰でもできる時代になりました。欧米の子と日本人の運動能力には大きな差があり、(裾野が広がったことにより)30年前とは違う状況になっているのではないかと思います。もちろんラケットやストリングといった道具による影響ももちろんあるとは思いますが、テニスを始める前の子供たちの基礎体力と運動能力が全然違いすぎるというのが個人的な見解です」 

「テニス以外のスポーツをやっていて(最終的に)テニスを選択する子もいて、ヤニック・シナー選手もスキーをやっていたことは有名です。昔はスキーをやっている子がテニスをするということはなかった(スキーによる怪我のリスクがある為)。そのような意味でもプロとなる選手の体力や基本的な能力、持っているものが違うという印象です。ここ15年ぐらいでそういう点からもスピードの違いを感じています。アメリカはビーナス(・ウイリアムズ)が出てきた頃から、いろんな人たちがテニスをやるようになってきたように思います」 

「アジア人は勤勉で練習も懸命に取り組んでいてマッスルメモリーを鍛え上げればある程度までは(選手として)いけると思います。真面目な子供はある程度は強くはなりますが、そこから先の飛び抜けた選手になるには筋力や体力の差が大きい。私の現役時代も日本人の女の子は特に真面目で一生懸命に練習し、ツアーに出ていれば、(大変だったけど)そこそこにはなりました。現在はテニスの技術も上がってきていますが、運動能力の差は顕著に出ていて同じ土俵にいるのはタフなことだと感じています」 


WTAツアーで活躍したアンナ・タチシュビリは現在リバークラブでの仕事仲間

――現役時代に印象に残っている、またはショッキングな選手などを教えてください。 

「ウイリアムズ姉妹がビーズをつけた頭で出てきた時の驚きはありましたね(笑)モニカ・セレシュは両手打ちでしたが、(打ち方よりも)ニック(・ボロテリー氏)に代表されるコーチングスタッフが彼女に張りついて将来のために“今やるんだ!”という雰囲気を醸し出していたのは、今でいう『チーム』の先駆けだったように思います」 

「私たちの時代は選手が1人、または選手同士の岡川(恵美子)さんや悦っちゃん(井上悦子氏)、くーちゃん(岡本久美子氏)らとツアーを回っていて、コーチが帯同することはほとんどなかった。いたとしても何人かに1人がついていくというのが一般的でした。それは外国の選手も同じ状況ではありましたが、(シュテフィ・)グラフもスタッフを連れてきている頃で生活がかかっているような雰囲気で、これまでのテニス界にはなかった印象が強く残っています」 

――その後、伊達公子さんや沢松奈生子さん、そして杉山愛さんまで続く「日本女子テニス黄金時代」があり現在に至ります。今の日本女子テニスをどのように見ていますか。 

「海外のコーチのレベルの高さについていける人材が圧倒的に少ないように感じています。(日比野菜緒のコーチを務める)竹内映二さんとも親交があり、女子でグランドスラムチャンピオンが生まれるのはうれしい限りで、現場のコーチ陣が頑張っていることもよく承知しています。しかし、以前からコーチングの国際的な感覚にズレがあるような感じがあり、それが選手への成績にもつながっているように思います」 

――国際的なスキルの感覚を持つには、日本国内で自由な発想やアイディアを持てる方法はないでしょうか。 

「環境による影響というのは大きなインパクトがあり、ツアーの世界や、海外での生活では、いろんな人種や生活習慣、価値観、テニスを日常の生活を通じて自然に触れることができます。日本でも学ぶことはできますが、その違いを体感覚で落とし込んでいくのは選手もコーチも日本国内だけで捉えて(テニスで成長していく)難しさがあるのではと思っています」 

――そういう意味ではコーチの言うことを選手が真面目に受けとるより、海外のように相談するぐらい対等な関係性が良いのでしょうか。 

「受身的な選手で(コーチのアドバイスにより)成功する場合もあるだろうし、コーチと(意見を)言い合うから良いわけでもない。相手を尊敬し違う意見を受け入れたり、いろんなことをフレキシブルに考えることができるのは大事なことだと思っています。それはハイパフォーマンスの選手を教えているコーチも、一般の大人の方や子どもを教えているコーチにも言えることです。時と場合、状況に応じて柔軟に対応できないコーチは難しいと感じています」 

「多くの人と、いろんな接し方をしていないと“気づき”がなくなっていきます。そういう意味では、コーチが環境や文化の違う相手の立場を理解し、色々なことにいち早く気づく臨機応変に対応できる能力をコーチ自身が鍛えなければ難しいのではないのでしょうか。ビックリするような出来事を臨機応変に対応できる人は、実際に驚くようなことをここぞ! という時にそつなくやっているように見える。その様な能力を発揮して魅力的なプレーヤー、コーチになってほしいと思っています。 

――“ビックリ”は変化というより無謀のような難しさを感じてしまいます。 

「ある日本人選手を見る機会がありましたが、数年前とテニスが変わってなかった。それは突き詰めて“変わってない”のではなく、いつも同じ試合をしているように見えました。全くビックリするようなおどろきがありませんでした。それは勝っても負けても。それは私個人からするとつまらなく、魅力がなくなってしまうような印象でした。最近魅力的だったのは、トミー(トーマス嶋田氏)が見ていた、島袋将選手。『信じられない場面でネットに出ていく!』っていう試合が楽しかったですね。話が逸れてしまいましたが、体格が違う選手と試合をするので何か変わったビックリする戦術をしないと特に女の子はシングルスでこのバリア(壁)を破ることは大変だと思います」 

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写真=本人提供