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2024.05.09

選手情報

渡米30年、プロも経験した木下明美が考えるプロコーチとしての在り方「自身のコンディションは完璧に。知識、言葉などたくさんの引き出しを持つこと」

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――かつては世界のトップ50に日本女子選手が何人もいました。なぜ、その黄金時代が続いていかなかったと思いますか? 

「当時の選手たちはまじめで懸命に練習し、負けても、負けても試合に出続けていたという生活を続けていた世代。現在も現場で選手をサポートしている方は少ないと思います。『負けても、負けてもまた試合に出る』という異常な精神力と体力があったからこそ、今の自分があると私自身は思っていますが、その同じ時代にやってきた選手で、選手を育てている方は少ないのではないでしょうか? クラブ経営やテニス協会の方のお仕事に移行されたのかもしれませんが、私が考えるのはその厳しい時代を戦ってきた方々、私自身も含めてコーチとして自身の経験を伝えられたのだろうか自問自答してしまいます。(過去に選手として活躍した方が)育成することの大変さ、生活を犠牲にしてまで取り組むことに抵抗があるのも理解できるので歯痒いところでもあります」 

「選手時代の勝ち負けや当時のランキングがどうのということより、普通の人が経験できないこと、当時苦しい思いをしながら得た貴重な経験を現場に生かしたのだろうか?ということはこれまで私が言いたくても言えなかったことではあります」 

――「根性論」はちょっと…という時代になり、みなさん距離をとって引いたところから見ているのかなという印象もあります。 

「根性論というと言葉が先行してしまうようですが、どんな状況でもアメリカの子供もやる子はやっています。むしろスパルタ的なアプローチはかなりあります。大学テニスでもアプローチの仕方は(日本とは)異なりますが、D1(ディビジョン1:日本でいう大学1部リーグ)は大学の勉強と試合とトレーニングだけを見ても大変で、それを継続していくタフさも自然と要求されます。そのシステムはやらざるを得ない状況になることを選手側が納得してやっています」 

「コーチが主体となり過ぎる場合は、どこか甘えが出てしまったりして、本人の意志に任せるような感じになりがちになってしまうような傾向にあるように思います。アメリカ人のエリート中のエリートは口には出しませんが、すごい努力をしています。トレーニングもアメリカ陸軍並みのこともやっている。すごいことだと思っています」 

「“臨機応変”ということがコーチにとって大きな重要な一つのポイントだと思います。常にどんなレベルのプレーヤーとも、どんなレッスンでもします!というところなどその人のレベルに合わせて自分を合わせていける柔軟性がエリートにはある、というのが実感としてあります」 

――「エリートコーチ」についてはいかがでしょうか。 

「一つ挙げるとすれば、コーチングが上手くてもそれを実践する技術がないと評価されにくい、というのがコーチの世界であり、ヨーロッパやアメリカも含め、それは世界共通のことだと思います。(例外はごく稀にあるかもしれないが)コーチの教え方が上手くても技術が伴わない場合は認めてもらうのが難しい。ジョン・マッケンロー・アカデミー(ニューヨークにあるテニスアカデミー)で教えているロシア人や東欧のコーチ達は選手の経験もあり、指導方法もツアー経験も含め背景までしっかりと理解しているので興味のあるプロ達です」

――木下さんご自身も現在も指導方法など幅広く探求されていると伺いました。 

「いろんな人がいて教え方もたくさんあります。先ほど話に出たジョン・マッケンロー・アカデミーで教えているロシア人を崇拝しているクライアントが私の前に来ることがありました。その打ち方が合っていないと思っていても、私は否定せずリスペクトから入ることにしています。話をクライアントから聞いている中で他のプロならどういうアプローチをしているのか、どういう『Ianguage』(テニス指導で使う表現など)を使っているのかを聞いたりしながら情報を集めています」 

「『前で打て!』と言ってもクローズスタンスの前とオープンスタンスの前でいろいろありますからね。何がどう前なのか、他のプロはどんな表現をしているのか、いろんな人に聞いています。1時間の間にクライアントに満足して帰ってもらわないといけないので、いつも『全力』。個性の強い欧米のクライアントを満足させるには、どういう知識と言葉を使ったらその人に合うかを考えます。私自身がたくさんの引き出しを持つことはクライアントにとっては大切なことだと思います」 

「新規で来た方には、私が良いと感じるシンプルな方法を伝えますが、そうでない場合はいろんな理論を踏まえた上で、他で習っている方に出会ったとしても『引き出し』を使うことによって私自身がクライアントと共に充実できる楽しいレッスンを送れるように努めています。プライベートクラブでメンバーを教える私にとっては、メンバーにテニスを通して元気でハッピーにさせるのが私の役目だと思って毎日全力でやっています」 

――ツアーを回っていたコーチに聞いたのですが、木下さんがスタッフの一人であるマンハッタンの会員制「リバークラブ」ですが、コーチの実技採用試験の際、最初の1球目の球出しで不採用が決まったこともある、というお話を聞いたことがあります。 

「私も以前のクラブではコーチ採用の担当だったこともあり、『プロとしてクラブに貢献できるかできないか』が採用される時の1番大切なポイントです。特に若く、経験の浅いプロに多いのは、技術はあるがクライアントにトップスピンしか打てないとか、コンチネンタルグリップでラリーができないということ。アメリカのプライベートクラブの会員は家族3世代など一族でメンバーになっている方々が多く、プロの私達は礼儀とマナーをわきまえ、人として成熟していること、そして我慢強くないと務まりません。また、自分の意見を押しつけるように『やる気があります!』だけでは通用しない世界です。常にトップレベルのコーチングを求められているので、着ているものや道具の扱い、プロとしての自覚があるかどうか、それから正しいテクニックを教えられるかどうかが基準になります。それが『球出し』の一球に出て、すぐにわかります」 

「クラブ側もメンバーの方々も求めているものが高いので、私自身も技術を常にアップデートするように努め、健康管理には気をつかっています。言葉遣いには特に気をつけ、誰にでもいつでもリスペクトする事を心がけています。メンバーには『Mr』や『Mrs』で話しかけ、『~ちゃん』なんて呼びません。それが(雇用側から)言われなくてもできるかは、これまでの経験によるものは大きい。歴史のあるカントリークラブや名門テニスクラブでテニスプロとしてベストなテニスレッスンを提供するためには、自分を高めていく意識がないといけないと常に課題を持って取り組んでいます」 

――木下さんがニューヨークに初めていらっしゃったのは試合ですか? この地を拠点としたことやその想いなどがあれば教えてください。 

「試合ですね。生活を始めたのは1993年で、渡米30年を越えました。マンハッタンは住みやすいと思うし、不便を感じたことがありません。ニューヨークでコーチとして活動を始める際には、ライラケットクラブ(ニューヨーク郊外にあるテニスクラブ)のオーナーが私のことを現役時代から知っていたという経緯もあって好意的で、バージニア・ウェードさん(全豪、ウィンブルドン、USオープンチャンピオン)にもニューヨークのテニス界に溶け込んでいくためのお世話もしていただきました。昔からのつながりがここでテニスをするにあたって良い流れとなり、今もそのつながりは続いています」 

「30年以上前の現役時代に負けても頑張って試合に出続けていた時代の私を知っている方々からのサポートで、住みやすく不自由もなく生活ができています」 

――木下さんの今後の目標や夢などをお聞かせいただければと思います。 

「今後の目標とか立てないようにしています。先ほどお話をした「つながり」が良い具合に動いていることについて(これ以上出来そうな気もしていて)満足はしていないですが、これを継続しながら『テニス』を伝えていきたいですね。例えば私が教えているジュニアの子が、全米の大会に出場して対戦した選手のコーチが過去に仲の良かった選手だったりして、そこでまたつながっていたりします。それがとても楽しいんです。全米オープンの際にはレジェンドの方々と一緒にお仕事をしたり、過去に共に戦ってきた仲間との再会も楽しみになっています」 

「ルーク・ジェンセン氏(1993年全仏オープン男子ダブルス優勝)は、ウエストサイドテニスクラブ(以前の名称はフォレストヒルズ:全米オープンが開催されていたニューヨークの名門クラブ)で一緒に仕事をしていた仲間であり、現在はお互い活動拠点もそれぞれ違いますが、一緒に仕事をする機会も時折あることも楽しい。そのつながりによって学ぶことが多く、毎日のテニスレッスンにも活かされていて『教えたい』というよりテニスを『伝えたい』と思いながらコートに立っています。テニスをやっていると必ずどこかで(偶然のように)『つながる』ことが楽しく、人にどう思われるかなどは20年ぐらい前に無くなりました。かといってヘルプが必要とあれば私ができることなら協力もしています」 


1993年全仏オープン男子ダブルス優勝のルーク・ジェンセン氏とともにウエストサイドテニスクラブのテニスプログラムをリード

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写真=本人提供