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2026.10.12

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【錦織圭・引退会見】キャリアの自己採点は「50%」──日本テニス界の至宝が残した悔恨と財産

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錦織圭、現役生活に残る悔いと解放感。次なる挑戦は「これから探していきたい」


元世界ランク4位の錦織圭(ユニクロ)は10月11日、現役引退会見に臨み、「これから何ができるかというワクワク感もある」と語った。この日は所属スポンサーでもあるユニクロが、錦織の功績を称えるイベント「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2026 with Kei Nishikori」(東京・有明コロシアム)を開催。元世界ランク1位のロジャー・フェデラー氏や車いすテニスの国枝慎吾、ゴードン・リードらが登場し、エキシビションマッチなどで会場を盛り上げた。会見はイベント終了後に行われ、錦織は現役生活を終えた心境や今後の展望、日本・アジアのテニス界が抱える課題について語った。

【画像】「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2026 with Kei Nishikori」フォトギャラリー

錦織が現役最後の試合を終えてから10日。多くの人々に囲まれたイベントを通じて、改めて競技生活の終わりを実感したという。

「ユニクロさんにこのような素敵なイベントを開いていただき、ロジャーや慎吾さん、ゴードンに声をかけてもらって、晴れ晴れとした気持ちで今を迎えている。一方で、日がたつにつれて真剣勝負の試合ができなくなる寂しさも感じている。これから何ができるかというワクワク感もあり、今はいろんな気持ちがぐるぐる回って難しい日々を過ごしている」

5歳でテニスを始め、世界のトップを目指して競技に打ち込んできた錦織。2014年の全米オープンでは日本人男子として初めてグランドスラムのシングルス決勝に進出し、世界ランキングでは自己最高4位を記録した。長年にわたって世界のトップレベルで戦ってきたからこそ、競技生活を終えた現在はこれまでとは異なる時間の使い方を模索している。

引退後に挑戦したいことについては「今のところプランがまったくない。何かこれから探していきたい」と率直に明かした。これまでは自分の競技生活を中心に24時間を過ごしてきた。トレーニングや試合、身体のケアを最優先する日々から離れ、今は日常の小さな楽しみを見つけているという。

「引退して2日目ぐらいにやったのは、ランチを頼んだあとにデザートを2つ頼むこと。そういった、今までできなかったちょっとした幸せを見つけながら過ごしている。日本で免許も取りたい」

競技生活からの解放を実感する場面もある。現役時代は少しの痛みでも翌日の試合への影響や再発の可能性を考え、常に身体の状態を気にかけていた。しかし、引退後はそうした心配から解放された。

「めちゃくちゃ解放された。今までは少し痛みがあるだけでも、明日の試合に影響するのではないか、またケガが出てきたのではないかとストレスになっていた。ジャパンオープンが終わってからも痛みはあるが、もう未来に試合の予定がないので、痛くても全然いいと思える。それはすごく楽」

一方で、現役生活には達成できなかった目標も残る。自身のキャリアを振り返り、どれだけ目標に近づけたかと問われると「50%ぐらい」と答えた。

「100と言いたいところだが、自分が目標にしていた世界ランキング1位やグランドスラム優勝、せめてマスターズ1000のタイトルは取りたかった。そこはものすごく悔いが残っている」

日本のテニス界の歴史を次々と塗り替えてきた錦織だが、自身が目指していた頂点には届かなかったという思いは消えない。ただ、その悔しさとともに、テニスに人生を注いできた時間には大きな価値があったと振り返る。

「テニスに自分のめちゃくちゃ長い青春時代を全部注げた。つらいことも楽しいこともあったが、一つのことに人生を注ぎ込めた時間は本当に幸せだった。ケガから復帰するために地道な生活を送り、また強くなるために頑張った時間も、自分を成長させてくれたと思う」

今後については、さまざまな人と会い、意見を聞きながら自分にできることを探していく考えだ。将来的にはジュニア育成への貢献も視野に入れているが、現時点で具体的な計画が決まっているわけではない。錦織が今後の可能性として挙げたのが、日本やアジアのテニス界への貢献である。自身は島根県で育ち、13歳で親元を離れてアメリカに渡った。世界のトップを目指すうえで海外に拠点を移す必要があった経験から、日本の若手選手が世界で戦うための環境整備を課題として捉えている。

「テニスの場合、主戦場はアメリカやヨーロッパになる。ヨーロッパに遠征し、海外の選手と練習して、メンタルを強くするためにも海外の選手と対戦しなければならない。そう考えると、アジアにいることはすごく不利だ」

アジアにも大会はあるものの、大会のレベルや成長環境には課題があると指摘する。世界のトップ選手と日常的に練習や試合を重ねる機会を得るには、海外へ出ていくことが有効だという。

「一番手っ取り早く成長するためには、やはり海外に出ることだと思う。自分がやったように、海外で戦うことは大変だし、お金もかかる。全員ができることではないのも分かっている。だからこそ、自分が何か手助けできたらいい」

海外遠征には渡航費や滞在費、コーチや練習環境の確保など、経済的な負担が伴う。錦織自身もアメリカに渡る機会を得たことで成長できたと語っており、才能ある若手が経済的な事情によって挑戦の機会を失わない仕組みづくりが、今後の課題となる。

錦織自身の海外挑戦を支えた人物の一人が、元ソニー副社長で日本テニス協会名誉顧問の盛田正明氏だ。島根で育った錦織は12歳で全国3冠(全国選抜ジュニア、全日本ジュニア、全国小学生)を成し遂げ、盛田氏が創設した「盛田正明テニス・ファンド」のサポートを受けてアメリカへ渡る機会を得た。

「僕がこのキャリアを終えるにあたって、本当にたくさんの人にお世話になった。その中でも盛田会長は、特に大きな影響を与えてくれた一人だ。アメリカに行くチャンスをもらったことで、すごく成長できた」

一方で、支援への感謝とともに、果たせなかった目標への思いも残っているという。

「一つ悔いが残るとしたら、グランドスラム優勝のトロフィーや、何か大きなトロフィーを会長に見せてあげたかったことだ。ただ、今回その思いを伝えたところ、それ以上にやってくれたことは大きいから、そんなことを思わなくていいと言ってもらえた。すごく晴れやかな気持ちになった」

また、錦織は日本のジュニア選手の才能にも期待を寄せる。ジュニア年代では技術を生かして戦える部分がある一方、成長するにつれて身体面だけでなく、精神面を含めた総合的な力が求められると説明。「日本には強いジュニア選手、才能のある選手がたくさんいる。これをどうにか生かさなければならない。若い頃は質も大事だが、本当にたくさん練習しないと強くはなれないと思っている。自分に鞭を打ち、できる最大限の努力を一日一日積み重ねることが、どのスポーツでも大切」

錦織が目指すのは、単に次のスター選手を育てることだけではない。日本でテニスやスポーツそのものの価値を高め、選手が世界を目指しやすい環境をつくることも視野に入れている。

「僕も(大坂)なおみちゃんも日本を背負って一緒に戦ってきた。もう少し日本でテニスを大きくさせたかったという思いはある。ただ、坂本(怜)君だったり、新しい選手が出てきている。そうした選手をサポートするとともに、スポーツというものが日本でも価値を高めていけるような働きができたらと思う」

自身の引退を機に、次世代への継承という課題を改めて意識した錦織。現時点では具体的な活動内容を決めておらず、まずはさまざまな人と会い、知見を深めるところから始める考えだ。

世界ランキング4位、全米オープン準優勝という実績を残しながらも、本人の中には頂点に届かなかった悔しさがある。しかし、海外に渡って世界と戦い続けた経験は、次の世代が世界を目指すうえで大きな財産となるはずだ。現役生活を終えた錦織圭が、これからどのような形でテニス界に関わっていくのか。日本・アジアから世界のトップを目指す選手を増やすための新たな挑戦が始まろうとしている。

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写真:Tennis Classic