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2025.05.24

選手情報

錦織圭ら数々のトップジュニアを導いてきた米沢徹コーチに聞く海外遠征の意義「どれだけ自分のやっているテニスで相手を追い込むのかが勝負」【前編】

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――話題をプロに移しますが、全豪オープンについてお伺いさせていただきます。錦織圭選手もグランドスラム大会への復帰となりました。総評などお願いできますでしょうか。

「ジュニア会場のスクリーンでチラッと観た程度で、目の前で気合いを入れている14歳以下のジュニアの試合を見ることに100%エネルギーを注ぎ込んでいるので総評を言える立場にはないんですけど、ただ今の世界のテニスは誰が勝ってもおかしくないような時代になってきています。時代の変化によりフェデラーやナダルの引退、ジョコビッチの年齢の壁もあるところで次に誰が出てきてもおかしくないという状況で、女子も同様になってきていて(今後が)読めないのでしっかり見ておかないとわからない世界になってきている印象です。シナーに関しては安定して強いという感じで見ていました。あの体格ですべてのことを子供の頃からここに到達するまでをシミュレーションして毎日努力していたというのが見える選手という印象を受けます。穴がないというか、野球の大谷翔平選手にもみられるように早くから緻密にテニスが上手くなることをすべてやってきて、あそこまで到達しているというのが感じられる“真のアスリート”だと思っています」

――前回のインタビューの際に見ている方が惹き込まれる選手という表現がありましたが、現在もし注目の選手がいれば教えてください。

「プロでということになると、先ほどもお伝えしたようにじっくりたくさん見る機会がないのでコメントができないのですが、シナーは(テニスが)1人だけ抜けているという印象です。ジュニアに関して言えば、今回プチザスで優勝したフランスの選手(Mario Vukovic)は身体も出来上がっていて気持ちも強く、よく動き、よく打ち、よく攻め、必死に守っていました。もうプロの雰囲気でやっていましたけど、ただ完成しているのでそこからどうなるのか?というのもわからない世界です。今回、12歳以下と14歳以下を見てきましたが、欧米の選手は大きくなり2メートル近くになる選手もいて、1年で様子が変わったりもするので読めないというところが正直な感想です」

「手前味噌になりますが、自分と共に取り組んでいる選手に関しては、そういう風になる(観客が惹き込まれる)ように見て楽しいテニスを目指して日々取り組んでいます。自分のところの選手が世界一になるって自分で言うのも変ですが(笑)そうなって欲しいなと思ってやっています。ただ、太鼓判を押すにはわからない世界でもあります」

――不確かな世界である中で、錦織圭選手は怪我でランキングを落とし、ツアーから長期離脱したにも関わらず現在100位以内に復帰しました。仮にトップ100の壁があるとすれば、それを越えられない選手もいる中で戻れるということについてはどのようにお考えでしょうか。

「それは当然、圭の資質、才能があればこそですが“練習の質”によるところが大きいと考えています。上にいく選手というのは(ツアー生活に)コーチがいて、ヒッティングする人がいて、トレーナーがいて、家族もいる。最高の状態でできている選手はトップにいられるのではないかと思います。自分でやりながらコーチがいるぐらいの選手だとそこまでいけない確率が高いのではないでしょうか。身体のケアをする人がいることも大きい要因で、練習相手に関してもトップになると自分より強い相手とやることはなくなってきますが、100位から200位ぐらいの選手だとそのランキングぐらいの選手との練習が主になります。となれば、練習する相手も自分の練習をするのでお互いの練習になるようなメニューをおこなうのが通常ですよね。つまり自分のための練習だけではない部分があるわけです。その点、(トップになると)ヒッティング専属の人がいて、リターン練習のためにサーブだけを打ってもらうとか、何か課題を見つけてそれだけをやるとかプロ野球を例にするとバッティングピッチャーのような専門の投手がいるようなイメージです」

「トップ選手はチームの力があり、100位以下の選手は資金面から(人材確保が難しく)そこまでの境遇に身を置くことができないので、コーチを雇ってツアーを回るというので精一杯なのです。多分、資金のある上位の選手たちは多くの人たちのサポートを受けてチームで動けていると思うので、そこ(100位以内)に戻るのは200位〜500位の選手に比べると、錦織選手はトップ5にいた選手ですから身体が許せば難しいことではないのではと思います。能力は必要な条件ですが、ちゃんとしたチームでやることで、すべて必要なことが賄えたら後は試合をするだけでいいですから。普通の選手だと、コーチがいて誰と練習をするかということになりますが、その違いは(チームを持つトップ選手との)歴然としていてチームを持っていない選手が上にいっているというのは本当に能力も高いし、努力もしています。(例を挙げれば)西岡選手はそうですよね。(ランキング的に)あそこまでいっているのは、身体も小さいのに50位以内に入るというのはとんでもない努力の人なんだと思います。どんなトップの選手よりも努力と強い意志を持った選手であり尊敬しています」

――トップ選手の体格から見ると錦織選手や西岡選手も大きくないことを考えると、能力の高さもさることながらメンタル的にも特別な何かを持っているのでしょうか。

「最終的には錦織選手にしても“気持ち”が普通の選手よりテニスに懸ける想いが強い。それが『強さ』だと思います」

――米沢コーチの「TEAM YONEZAWA」の選手の皆さんについて個々の「テニスに懸ける想い」というのはいかがでしょうか。コーチが「教える」というところにはなく、導いていくことについてお話をいただければと思います。

「そこはああだこうだ言っても、それぞれの心の中っていうのは(見ることができないので)それが『能力』と言ってしまえばそうですけど、それぞれのキャラクターがあるから、それをどういうふうに本人が活かすかというところです。メンタルを専門にしている先生もいらっしゃると思いますけど、少し外から(精神的な指針やアドバイスなど)何かを与えて伸びる部分はありますが、その多くは本人のキャラクターで決まります」

「ただ、こういうのはダメ!とかこうでなければいけないという訳ではなく、それは本人の中から滲み出てくるものです。外から見るとやる気がないように見える選手も内面ではそうではないというケースも今までよく見てきているケースですね。やる気があってガッツがあるというところを簡単に判断することはできないのです。その辺が人間として、そしてスポーツとして面白いところだと思うんですね。その一つにもちろんアドバイスや情報はシンプルに与えますが、あまりああしろこうしろと選手には言わないようにしています。それはメンタル的なところは(本人にしか)わからないところでありとにかく自分がやることをやってレベルアップを目指す、それに尽きるのかと思いながらやっています」



――遠征に行って得た刺激を日本に持ち帰って次の遠征に備えるという感じのスタイルで進めているのでしょうか。

「遠征に行って強くなるという発想はあまり好きではないのですが“遠征に行く”ということも(特別なことではなく)毎日が一緒です、どこに行っても同じ練習をします。ただ戦う相手が違うだけで、フランスに行ったらフランスの選手と対戦しますが、遠征中も普段やっていることと同じ練習をします。飛行機に乗り(日本とは)離れたところでやっているだけで『遠征に来たなぁ』と私自身はあまり感じなく場所が変わっただけです。そういう発想でないと選手たちも日本に帰国すると『帰ってきた』という印象で(遠征への特別感が強いと)何となくモチベーションも下がってしまうように思います」

「毎日が『積み重ね』なのでどこに行っても一緒で、その繰り返しが上に繋がっていくのではないかと思いながらやっています。長く付き合っているチームのメンバーはそんな感じで進めていますが、遠征にあまり行っていないと『よし!遠征に来たから頑張るぞ』と特別な目つきをする子もいますが、どこに行ってもボールを打ってポイントを取るということは一緒で、どれだけ毎日集中した精神状態でやれるか?という日々の積み重ねができればと思って私は取り組んでいます」

――シンプルかつ貴重なご意見だと思います。

「今どきどこに行っても同じで情報もあります。景色は変わりますが雰囲気的には昔と違いますよね。やっと遠征に来て、言葉もわからないところで“ポツンと1人で頑張る”という時代ではなくなってきています。コーチが居て、仲間も居て、練習相手もいる。必死になって練習相手を見つけることもないので普段と変わらずといった感じです」

――遠征に行くメリットとしては、違う国の選手が打つボールを遠征先の試合で体感するという経験が大事だということになりますか。

「違うプレースタイルで対戦することもあるので、それは一つの経験にはなりますが、結局(自分に向かって)飛んでくるボールは同じ“黄色いボール”なので、そのボールの質によってボールが弾む、弾まないとかその対応に追われる方が大変だといつも思います。そのボールが普段から(日本で使用し)慣れている『ダンロップ オーストラリアン オープン』だとどこに行っても自分のボールが打てるのですが、国によっては全然違うものになるので、それがまた経験になったりします」

「今は世界的にボールを打つことに関してはラケットを振り回して打つのでボールは(失速せず)飛んできます。プレースタイル的に攻めて来なかったり、ドロップショットを多用してきたりする選手もいますので、そういう点では刺激はありますが、結局はどれだけ自分のやっているテニスで相手を追い込むのかというのが勝負になります。プロになったら相手より『自分のテニスをどれだけやるか』というのが勝負で、そういう点では『こういう選手とやったからいい経験になった』という発想や感想はあるのかもしれませんが、私はあまりそういう角度から見るのは重要ではないと考えています」

「日本にもいろんな選手がいてドロップショットを打つ子もいるし、多彩にやってくる子もいます。(海外遠征の)経験としてはコートサーフェスとボールがものすごく経験になります。山の上(高地での試合会場)だったり、相手がビックサーブやビックフォアを打ってきたり、そういう意味でもいろんなことがあるから日本の普段の練習やオムニコートでやっている試合とは違うところはあり、(海外での試合経験は)能力開発になっているんだと思います。重なるようですが、どこに行っても同じでボールを打って戦うというのが私の実感としているところです」

――自分自身を鍛錬し、磨いていくことに場所は問わない、どこか武道に通じるようなお話です。

「(インタビューに)答えながら、そうなんだなぁと思いましたが、『(遠征で)いい経験をしました!』というのは恥ずかしいじゃないですか。今まで何をやっていたんだ!ってことになるんです。同じ土俵で(海外の選手と)戦っていきたいので『いい経験しました!』なんていうのは言いたくないですね。(遠征に行く目的は)そんなことではなく、『勝ち』に行っているわけなので胸を借りに行っているわけではないのです。かといって対戦相手を上に見ているわけでも、下に見ているわけでもありません。試合を戦ってレベルアップをする!ということに尽きると思います。遠征に行く目的の本質はそこですね」

――あの選手は強かった、あの場所でやったなど経験したことの上辺だけで捉えがちになってしまいそうですが、米沢コーチの遠征への取り組みの姿勢が伺えました。

「私がエクストリームな外れた考え方なんでしょうか(笑)アウトロー的な捉え方で夢みたいな話をしているように思えるかもしれませんが、ずっとこれまでやってきて、今はそんなふうに感じています」


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