close

2021.05.06

選手情報

東京パラリンピック車いすテニス代表・田中愛美選手インタビュー、パラリンピックに向けて「元気で練習できています」

パラリンピック・イヤーの2021年
田中愛美選手が思うこととは!?

「何よりやりたいことをしっかりできるように」
2020年、東京パラリンピックに向けてのインタビューをした際に、そう語っていた田中愛美(ブリヂストンスポーツアリーナ)。出場圏内のランキングを維持し、計画を立てていたのだが、ご存知のとおり、新型コロナウイルスによるパンデミックの問題で、昨年の大会は延期となってしまう。目の前にあった目標が一度経ち消えてしまったわけだが、彼女はすぐに切り替えたと言う。
今回のインタビューでは、昨年のこと、そして今年の大会に向けてなどを聞いた。


田中愛美選手のコラムも必見![連載 : 車いすテニス<そのおもしろさ、難しさ、奥深さを紹介>]



パラリンピック延期が決まり
「もうちょっと経験が積めた
状態で臨める」と切り替えた 


――SNSを拝見していたら、モーションキャプチャーの撮影をされていましたね。
「そうなんです(笑) 会社の企画で、フォアハンドやサーブなどの技術、走っている動作を撮影しました。それを今から分析していって、近い将来、車いすテニスの初心者の方を含めて、上達の手助けになるようなものを作ろうとしているんです。撮影時のデータは、点がいっぱいあるだけでしたが(笑) これからそれをつないで人間っぽい体にして、運動力学で研究して…となるそうです」




――昨年は、パンデミックの影響で、国際大会自体もほぼ中止になってしまいました。その中で、どのように過ごしていましたか?
「去年、ちょうど3月中旬に、アメリカ・ジョージア州の大会に出ている時、1回戦に勝利して2回戦を待っているというタイミングで、急に『大会を中止します』と言われて、急遽フライトを変更して日本に帰ってきました。そして帰国したころから、日本でも新型コロナウイルスが広まっていきました。当初、5月には国際大会も再開するという話も出ていましたが、伸びてしまって、8月の中旬くらいまで9月の大会すら開催されるかわかりませんでした。ありがたいことに今はほぼ通常通り練習ができていますが、最初に緊急事態宣言が出た時は、コートでの練習も満足にできなくなってしまいました」

――コート練習ができないというのは致命的ですよね。自宅でできることをしていたのでしょうか?
「その期間は、トレーナーさんと管理栄養士さんとZOOMをつないでミーティングしたり、自宅で簡単にできることをやっていたりしましたね。例えば、目のトレーニングとか一緒にオンラインで筋トレをやったり。それと、試合の映像をしっかり見る時間にしました」

――国際大会の再開は、秋口になってしまいました。
「結局、再開となったのは9月。フランスで2週連続の大会があったので、1週目は 、ITF2シリーズ大会のレ島(フランス西部のビスケー湾に面した島)に行きました。ここでシングルスとダブルス、両方で優勝することができました。2週目、リビエラ(フランス南東部)での大会で、シングルスは初戦敗退でしたが、ダブルスでは決勝まで行けました。そのあと、本当は11月に、チェコとフランスに行く予定でしたが、チェコに行く空港のチェックインカウンターに並んでいたら、フランスから『新型コロナウイルスの影響で大会を中止します』とメールが来まして…。結局、チェコ・プラハの大会だけ出場して、1週間で帰ってきました(笑)」



大会に向かう空港で大会キャンセルの報せが来るという経験も

――そういうこともあるから、集中しにくい1年だったと思います。その中で、フォーカスしていたことはありますか? 
「パンデミック前は、パラリンピックイヤーだったので“格上の選手と当たっても、しっかり力を発揮する”という考えはありました。メンタル的に落とさない、上とか下とかは思わないようにと心がけていました。ただ、パンデミック開けの9月の大会は、試合勘もなくなっていたので、自分のベストや理想を追い求めるよりも、勝つためにやることをしっかりやろうと心がけてプレーしていました。実際、出場していた、どの選手も久しぶりの試合でやりづらそうにしていました。自分も引っ張られておかしくならないようにしたいなと思っていましたね」

――パラリンピックが延期となった時は、ショックはありませんでしたか?
「そう聞かれると、振り返ってみると、正直、あまり強く記憶には残っていないかな。まず3月、4月の時点では、日本の状況も悪くはなかったので、延期というのは、それほど頭にありませんでした。だから、延期を聞いた時は、正直驚きましたね。またその時期、焦りがあったというのか、試合がまったくなくなった中だったので、パラリンピックが開かれた時に、あの舞台で自分のプレーが本当にできるのかなという心配がありました。だから、1年半の時間ができたので、やれることもある。この間にできることが多いと思っていましたね。多分、試合が再開したら、2020年にやれた時より、もうちょっと経験が積めた状態で臨めると思っていたので、割とすぐに切り替えられたと思います」

続きを読むには、無料会員登録が必要です。

無料会員に登録すると、記事全てが読み放題。
記事保存などの便利な機能、プレゼントへのご招待も。

いますぐ登録

ポートレイト写真=松村健人(NBP)/プレー写真=中川和泉(NBP)