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2019.10.16

ギア情報

YONEXオフィシャルストリンガー玉川氏が語る「東京五輪への想い」

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多くのラケットを出すようになり、
ローテンション化も進むツアーの現状

――今回の楽天オープン、特に序盤は夏日もあるなど気温の高さが特徴的でした。ストリンギングへの影響はありましたか?
「確かに気温が高いですが、天気自体は安定しているので、どの選手も大きな変更はしていませんね。前週の成都オープン(中国)もヨネックスがオフィシャルストリンガーを務め、選手のログ(張りに関するデータ)があるので、それを確認しながらやっていますが、“同じでいい”という選手が多かったです」
――選手たちは、一番敏感になるのは、どんなことですか?
「一番の影響があるのは、ボールの飛びです。糸(ストリング)より、ボールとサーフェスを気にします。例えば、気温が高いとボールは飛びやすくなるのでテンションを上げる。低ければ、その逆。ただ、大事なのは選手の感覚なので、必ずしもそれに当てはまるわけではありません」
――今回の出場選手の中で、興味深い張りをする選手はいますか?
「ゴファンはいつも安定しているし、チリッチは本数こそ多いけど、張り方はスタンダード。シャポバロフも8本くらいとか(張りに出す)本数が多いですね。感覚同様に、選手によってさまざまですよ。3セットマッチならラケット1本だけという選手もいます。テンションも、同じものを何本も用意する選手もいるし、違うものを用意する人もいます」
――ツアー全体の傾向として、一人一人の本数が増えているそうですね。
「間違いないですね。意識が高くなっているんだと思います。特に思うのは、ダブルス選手の本数が増えていること。賞金額が上がったことで、ツアーを回る選手も増えていることが要因だと思います」
――同じく低いテンションも増えていると聞きますが、いかがですか?
「事実ですね。今は、ポリ全盛でナチュラルもハイブリッドで使うものになっている。パワーをロスしないために、ブレがなく、しっかりしているラケットになってきて、レスポンスも早いので、選手は食いつきが欲しくなります。そこでテンションが下がるという傾向です。錦織選手も同じで、ストリングの縦横をスイッチ(以前は横糸にナチュラルを張っていた)したところでテンションが下がり、そこからは安定していると思います」
――楽天オープンの場合、1日何本を張るのでしょうか?
「チームとして1日50本ペースですね。最初の4日間は多いので、楽天オープンではトータルで450本くらい。1本20分平均で、1時間3本はコンスタントに張っていきます。朝とかは多いので、1本15分くらいで仕上げたりしますね
――1日のスケジュールは、どんな予定になるのでしょうか?
「有明は施設が8時から開くので、そこから夜までです。ヨネックスがオフィシャルストリンガーを務める全豪だと、夜中2時に宿に帰り、6時にホテルを出るなんてこともあります。4時間で洗濯に睡眠に、とやっていくのは大変ですよ(笑)」


全豪オープンともなると、夜中に帰り、仮眠と取ってすぐに会場へという過酷な状態にもなるという

張るうえでのモットーは
「“選手ファースト”」であること

――ところで、玉川さんは、なぜストリンガーになろうと思ったのでしょうか?
「何となくなんですよ(笑) 学生コーチをしていた時、ジュニア選手たちのストリングを張ったりしていたのですが、興味があって色々なお店を回った時期がありました。そういう中で出会いがあって、JRSA(日本ラケットストリンガーズ協会)にも入り、ヨネックスとのご縁もできて。こういう活動をしていくなら、とお店を持ったほうがいいな、となったのです。珍しいケースだと思います」
――錦織選手と初めて会ったのは、学生のころですか?
「そうですね。学生コーチをしていたクラブと錦織選手のクラブと交流があったのです。確か小4か小5のころ。“なかなかセンスのあるジュニアだなぁ”と思った記憶がありますが、当時は強いジュニアの内の一人というイメージでした」
――当時から知っていると感慨深いですか?
「そうですね。レベルが上がるほど、求めることがしっかりとしてきていると感じています。この世界、センスだけで勝てません。用具に対しても、こだわらなければいけません。だから試合直前に何本用意して、1ポンド、0.5ポンド刻みで…など調整するようになりました。それが近年は、試合中に張りに出すことも少なくなってきている。ベテランに近付き、経験値が上がって、予測と実際のプレーがマッチしてきているんだと思います」
――ストリングを張るうえで、大事にしていることはありますか?
「今時の言葉で言えば“選手ファースト”ですね。一番大事なのは選手の感覚にフィットするかどうか。ツアー選手は、毎週、違う人に張ってもらっていますから、単純なリクエストになりがち。そこをこちらが理解して、一発で満足できる張りにすることが理想です。もし次に調整が入ったら、合わなかったということ。自分もグランドスラムなどに行って、海外のストリンガーとコミュニケーションを取っていく中で、国際的感覚、スキルを得てきました」
――大会のストリンガーとして、最も難しいことは、何ですか?
「大きな大会では、チームとして動くので勝手は許されません。互いを信頼して相手の技術を見ながらシェアする。張ることに関しては、みんな熟練者なのでチームワークを成り立たせることが大事です。僕らは職人的スキルはあっても、ラケットやストリングを作っているわけではない。その2つを組み合わせて、重さ、バランスを調整して、選手の感覚にマッチさせるというのが役目なのです。『この選手はこういうリクエストを出す』『何を望む』など、いろいろな知識、情報を事前に入れておく必要があるのです」
――具体的には、どんなリクエストが来るのでしょうか?
「例えばアジアで、この時期なら湿度も高い、雨が降る、たまに屋根が閉まるといったことが想定されます。選手たちは環境が違う地域にも来ますので、『ここではどういう傾向なの?』と聞いたりします。会場が新しくなったら、サーフェスについての特徴も聞かれる可能性がある。そういった情報も仕入れておいて、対応しなければならないのです」
――一般プレーヤーへの張りのアドバイスもお願いします。
「ストリングは張った時点から緩みはじめ、どの時点でプレーするかでテンション、飛びも変わります。頻繁に張るプロは、その波を調整しているわけですが、一般の人だと、それは難しいですね。だから、3ヵ月に一度、季節の変わり目に張り替えてほしいです。テンションが落ちていくと反発力が変わりますから、上達するものもしづらくなります。そこは知っておいてほしいですね」
――オススメのストリングは、ありますか?
「ヨネックスの『ポリツアープロ』は、一般プレーヤーにはすごく向いていると思います。バランスが取れている。ポリ入門者にもいいと思いますよ。柔らかいポリの代表は、日本でなら『ポリツアープロ』です。競技志向が高い人だと硬めの『ポリツアーストライク』もいいかもしれません。大坂なおみ選手、シャポバロフ選手も使っていて競技志向のものです。ただし、硬めです(笑)」

特別な舞台となる東京オリンピックも
「いつもどおり張るだけ」

――ヨネックスというと、オリンピックのストリンギングサービスを行っています。玉川さん自身も、3大会を経験してきていますね。
「はい。オリンピックで印象深いのは、国ごとに行動するため、お祭り的雰囲気があるということですね。楽しい雰囲気が漂っています。張りに関しては、ATP500大会(楽天オープンもATP500)の一つ上のような感じですね。本数的に1大会1,200~1,500本くらい張って、ストリンガーも10人くらいいます。本戦前となると1日張る本数も多くなりますし、夜遅くまでの張りもあります」
――2020年、東京大会という大舞台が待っています。4回目のオリンピックとなりますね。
「ヨネックスから声をかけてもらって、3大会経験できました。最初は国際的な実績がなかったので、IOC(国際オリンピック委員会)が許可証を出さない可能性もあるというところからやってきました。個人的には北京大会は思い入れが強いです。来年、会場周辺はオリンピックムードになると思うので、そういう思い出はできるでしょうね」
――当然、錦織選手、大坂選手といった日本選手が注目を集めますね。
「やっぱり、携わった選手がメダルを取ってくれるのはうれしいです。オリンピックの場合、自国選手を張ることが多いですしね。例えば錦織選手は、北京大会は1回戦負け、ロンドン大会はベスト8、リオ大会では銅メダルを獲得しました。ステップアップしてきてきるので、ぜひ、とは思いますね」
――玉川さんの張りにかかる部分も!?
「僕らは、そこに携わりますが、選手がそれを意識するようなことはあってはいけないんです。一番は、選手が100%のパフォーマンスを発揮すること。“この張りが最高だった”なんてことはありえないので、とにかくいつもどおり張ることです。ただ、リオでは銅メダルですので、もっと良い色のメダルを期待したいですよね。一番は実力を発揮してほしいという思いですが」
――母国開催は、選手への声援も自ずと大きくなります。我々としては、ぜひ金色のメダルを期待してしまいます(笑)
「(笑) まずは、しっかりパフォーマンスを発揮してもらうこと。ストリンギングサービスに携わり、ヨネックスチームが張ったラケットで、日本人選手が金メダルを取ってくれたら、それは、最高にうれしいですね」
――最後に、来年のオリンピックに向けて、抱負をお願いします。
「とにかく、いつもどおり頑張るということです。感情にムラがあったらダメなので。担当した選手のラケットを、ベストを尽くして張って提供する。それが僕らの仕事です。それを全うしたいと思います」


「いつもどおりに張ること」、東京オリンピックでもそれこそが目標だ

取材=広瀬俊夫(編集部)

取材協力=(株)ヨネックス

Profile
玉川裕康 Hiroyasu Tamagawa
●1976年8月17日生まれ(43歳)、鳥取県出身。ストリンガー歴23年。店舗:鳥取・テニスショップ「フラシーノ」(http://frassino.jp/)。錦織圭選手とは、ジュニア時代から交流がある。2008年、ヨネックスストリンギングチームとして北京オリンピックで国際舞台を経験。以降、オリンピックでは2012年ロンドン大会、2016年リオ大会も担当している。2012年より東レパン・パシフィック・オープン・テニスで4度、2014年より楽天オープンで5度、2016年より全豪オープンでの張りを4年連続で経験するなど、ヨネックスストリンギングチームになくてはならない存在となっている。2020年、東京オリンピックでも同ストリンギングチームの一員として活躍予定。

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写真 テニスクラシック編集部