西岡良仁選手の兄であり、
コーチでもある西岡靖雄氏
世界ランク55位、西岡良仁(ミキハウス)の兄であり、プロツアーコーチとして活躍する西岡靖雄氏をご存知の方は少なくないはず。今回、USオープン期間中に時間をいただき、コーチとして感じる日本テニスの課題などを伺った。
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Q.弟である良仁選手をはじめ、Project E.Oの責任として複数選手の指導も行っていますが、ツアーコーチとして現在、何を感じていますか?
「(外国勢の)テニスに関する情報量の少なさは問題があると感じています。よく弟とも良く話しているのが、外国人選手の打つボールが、さらに圧倒的にパワー化したということです。(日本人選手の)打っているボールの質とは違うと言っています。なぜそうなったかというと、新型コロナウイルスによるパンデミックで、ツアーが中断した期間に、選手たちはトレーニングを当て、新しい技術を身につける時間にしたわけです。我々が思っている以上にツアー中断期間後のテニスの質は変わってしまいました。
個人的な意見ですが、特にヨーロッパのテニスには、まったく追いつけていないと感じています。体格が違うアレハンドロ・ダビドビッチ・フォキナ(スペイン/同39位)のようなボールを弟が打つことはできません。それでも、そういうボールが飛んでくるというのを経験していれば、質の良い練習をして対応できる可能性はあります。もちろん、対応できなかったら、試合になりません。
そういった変化は、日本のテニスコーチの問題とかでなく、情報が入ってこなかったわけだから仕方のないことだと思っています。ただ、僕としては、ここに目を向けていかないといけないと危機感を感じています。今の状況のまま、良仁や(ダニエル)太郎さん、(錦織)圭さんが引退してしまうと情報の共有も途絶えてしまう可能性があります。一方で、女子はそういう情報を少しずつ共有し、若手が伸びて活性化してきています」
Q.経験するためには、資金も必要。理想と現実とのギャップはいかがですか?
「僕はナショナルチームのコーチでなく、言葉が適切かはわかりませんが、情報を持っている我々を利用してもらいたいと思っています。だからこそ国内にいるコーチとディスカッションや交流などできるところからやっていけたらと考えています。つながっている人間関係を有効活用してほしい。簡単な問題ではないですけど、だから何もやらないではなくできるところから進めていきたいですね。
日本で『17歳、18歳になってからプロになりたいが、どうすべきか?』『どうツアーを回るべきか』と聞かれることがあります。例えば、チェコの女子選手の場合、15歳でプロのようなボールを打つ子がいます。なので、17歳、18歳になってから、そういう問題に相対するのは遅すぎます。
弟がグランドスラムに出場している今だからこそ得られる情報があり、その情報を占有したいなんてことはなく、下の世代につないでいきたいと思っていますし、情報の鮮度が古くなるまえに、伝えなければならない。またYouTubeのチャンネルでは、弟がツアーの賞金について語る動画をアップしています。お金の話をするのは良くないという風潮がありますが、特に“え! 1000万円もらえるの”と子供たちに知らしめることにもなる。それはとても大事なとこだと思っています。というのも、テニスの競技人口を増やしていくために、夢がないと廃れてしまうと思うからです。それは僕のようなツアーコーチを目指している方にも言えると思います。
誤解を恐れずに言えば、“メイド・イン・ジャパン”にこだわる必要があるのか?
お金の問題、資金力不足は仕方のないことかもしれませんが、今のジュニアにもそれは言えることだと思っています。同じ身体条件で試合をこなしていくのと、平均身長が180cmを超える中で試合をこなすのとでは明確な差ができてしまうのです。弟が賢かったと思うのは、アメリカを拠点に活動ができたということ(中学3年時に渡米し、IMGアカデミーに留学している)。彼は自分が頑張り、死にもの狂いでランキングを維持することにこだわっていました。なぜかというと一度レベルを下げてしまうとそのレベルに慣れてしまうためです。ランキングが落ちないようにするために、トップツアーにいる。そのレベルでは負けるかもしれないけど、“オレはずっとそういう人たちとプレーしたい”という向上心があったから。ただ、その分、挫折も経験することにはなります」
シーズン当初スランプを経験した西岡選手
一緒に行ったのは“ディフェンスの質を上げること”
Q.今シーズン序盤、良仁選手はスランプを経験しました。乗り越えていく過程で何か相談に乗ったりしたことはありますか。
「オーストラリアで、“日本に帰りたい”と漏らしたこともありましたが、帰らせませんでした。『試合に出続けることに意味がある』と説得し、後で“そう言ってもらえて良かった”と言ってもらえました。クレーコートシーズンは(海外選手の)パワーについていくことができず、勝てませんでしたが、 “1回転でも多く”“1秒でも速く”“少しでも(ボールが)跳ねるように”みたいに、何でもいいので、どうボールの質を上げるかということをトライし、身体の使い方や道具を見直したりしました。それはオフェンスだけでなく、彼がディフェンスの際に打つ “相手が嫌なボール”の質を上げることにも注力しました。それが花開いたのがワシントン大会(準優勝)でした。その大会で彼が電話で『何か新しいことにトライをしたわけではなく普通にテニスをしていただけ』と言っていたのを覚えています。
これまでもずっと質を求めていましたが、それはオフェンスでした。攻撃するとミスばかりだったので1回テニスを元に戻してニュートラルにしてみたのです。戻すと相手に打ち込まれるから、その分ディフェンスの質を上げたのです」
靖雄コーチと共にディフェンスの質を上げたことがワシントン大会準優勝につながった
Q.それは、シンプルにディフェンス力を上げるということでしょうか?
「(冒頭の話のとおり)相手のオフェンスの質が上がっている中で、自身のディフェンスの質がそのままだったので、トライを続けたことで、その前より対戦が楽になっていたという印象でした。やったのは、ディフェンスで相手が嫌がるボールを打てるようにするということ。ディフェンスの質を上げることにこだわったのです。日本人選手が、そういったことにどれだけこだわっているかというと、決して多くはないというのが現状だと思います」
Q.少し話が逸れますが、昨年12月、西岡選手がジュニアのための大会「Yoshi's CUP」を開催し、直接指導も行っていますね。現役の選手が、ジュニアのサポートをというのは異例だと思いますが、そこにはどんな思いがあったのでしょうか?
「冒頭に語ったとおり、“どんなボールが来る”というのは実際に体験しないといけないものです。質を変えるために、先に“知っている”ことが大切。ああいったことをやることで、知ってもらい、次に想定して練習をするという一助にはなると思います。トップツアーでやっていることを、伝えていきたいという思いがありました。
日本は島国なので、遠征費などの費用がかかるのは仕方のないこと。日本の直線的できれいな軌道の打球とは違う、海外の曲線的で重い打球のテニスを、日本の中で当たり前に練習するようにできれば、ちょっとずつでも変われるのではないか? そうすれば10年後、20年後にはうまくいっている可能性があると願っています」
Q.日本で多い砂入り人工芝サーフェスでは、簡単な話ではないですよね?
「そうですね。難しいです。でも、それではやらない理由になりません。根本を変えて工夫すれば、海外のテニスに近づけることはできるはずです。大事なことの有益性を感じるのであれば、砂入り人工芝でも練習することはできると思いますし、実際、日本で指導している選手にそういう指導もしています。それがどのようにカタチになっていくのかは、選手たちが証明してくれると信じています。だからこそ、そういう意味で僕ももっと頑張らなくてはいけないと刺激を受けています」
Q.“質を上げる”という表現について、とにかく強打をさせるということもあるのでしょうか?
「練習方法としては、メチャメチャに打たせますね(笑) 試合でもミスが出るのではないかということに関しては、ミスしないで相手に打ち込まれても負けですし、ミスしても負けですから、それなら未来があるほうが良いのではないかとなりますよね」
Q.練習をすることによって、海外選手のように打つことができるようになれる、ということですね。
「グランドスラム・レベルまではなれないかもしれませんが、慣れるためには自分も打つべきです。もちろんテニスで何を実現したいのかということにもよります。プロになって生活していきたいのか? 日本の大学に行きたいのか? それを否定するつもりもありません。それなら国内のテニスを変える必要はありませんが、グランドスラム・レベルまで来たいのならば、そういうこれまでとは違うことにも対応していかないといけないと思います。
いずれは今、コーチしている選手とグランドスラムで素晴らしい景色を見たい。聖地ウィンブルドンでは、ここに来ることにこだわり続けるということは幸せなことだと感じましたし、その気持ちを未来の選手にも味わってほしいなと思います」
Q.最後に、トップツアープロとして選手に必要な資質は何だと思いますか?
「人生をかける覚悟とそれを共にしてくれる人との出会いだと思います」
Q.貴重なお時間をありがとうございました。
※お礼を言ったあともお話させていただいたが、その中で、今回語ったことは「諸問題への解決へつながるものだと思います」と改めてご教示いただいた。
その言葉について、穿った理解をする方もゼロではないはず。そんなリスクを背負ってでも語ってくれたのは、“日本のテニスを進化させたい”“世界と台頭に戦える土台を作っていかなければならない”という思いが人一倍あるから。同じ思いを持つテニス関係者は少なくないはず。“情報を持っている我々を利用してもらいたい”と語る西岡コーチの思いが、少しでも伝播し、少しずつでも海外に近づくことを願ってやまない。
■USオープン2022
・大会日程/2022年8月29日(月)〜9月11日(日)
・開催地/USTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センター(時差13時間)
・賞金総額/6,010万ドル(81億7,390万円)
・男女シングルス優勝賞金/260万ドル(3億5,360万円)
・サーフェス/ハードコート(レイコールド)
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