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2024.06.18

デイリートピックス

アメリカの会員制クラブで価値観の違いに悩みながらも働くコーチ・綛谷昌生さん「“庭球”の心を奥底に」自身の存在意義を自問しながら日々コートへ

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サンフランシスコから風光明媚な「ゴールデンゲートブリッジ」を渡ったところにある「マリン郡」。富裕層が住むティブロンという街があり、そこにある会員制名門クラブでは毎年ATPチャレンジャーが開催(過去にはデビスカップ日本代表の添田豪監督が優勝)。そのクラブで2年前からコーチを務める綛谷昌生(かせたに・まさき)さんがいる。

【画像】温暖な気候で気持ちよくテニスができる会員制クラブの写真

綛谷さんは百貨店でシンガポールとニューヨークの駐在員から一転、2007年よりテニスコーチに。アメリカの名門クラブならではの特殊なテニスクラブの実状についてインタビューをさせていただいた。

――会員制のテニスクラブでコーチとして働くきっかけを教えてください。

「ニューヨークからマリン郡に引っ越して来た2年前の4月、知人から前にこのクラブのコーチをしていた方を紹介していただきました。その方の紹介でこのクラブのテニス担当ディレクターの面接を受け、さらにオンコートでのレッスントライアルを経て正式に採用されました」

――ニューヨークでは日本人や日系の方々を担当していたそうですが、その違いなどはありましたか。

「ニューヨークでの経験を元にちょっとトライしましたが、早速つまずきましたね。アメリカでも有数の超富裕層が住む地域で教えることは初めての経験で、また『テニスをやりたくない子にテニスをどうやって教えたらええねん!』と悩みました」

――アメリカの場合、テニスを「学ぶ」というよりソーシャルとしての部分をメインに親は考える傾向にあるように思います。子供によっては「やりたくないこと」も自由、という感じでしょうか。

「最初の頃は規則も含め『しっかり教えんと』みたいな使命感のようなものがあり、それがテニスコーチだと思っていました。最初は真剣に叱ったりしたんですけども、変な空気になりました。ニューヨークでやっていた当たり前のことがここでは全く通用しなかったという。彼らも、クラブも求めているものはそうじゃなかったんですね」

――「テニスを通じて何か」をアメリカ人は一般的に求めてないというところは一つの大きな違いなのでしょうか。

「基本的な練習をする前にウォームアップで走るトレーニングをやると親御さんが『うちの子を走らせないでください』と言ってきます(笑)ですので、いろいろ試行錯誤が始まるんですね」

――これまでのパターンが通用しない状況です。

「例えば大人、特に女性へのレッスンですと差別というかばかにしているような雰囲気を感じるんです。まずは言葉の問題。私の発音を笑われたり真似されたりしました。アジア人、日本人に対する上から目線というか。球出しのボールで自分の打ちやすいところにボールが来ない!とか、あからさまでした。それも含めて、いい経験もさせてもらいました」

――昨今では表立ってはなくなりつつあるかつてのアメリカのようです。特定の場面ではあり得る話だと思います。

「一言で言うと『リスペクト』です。その場面に遭遇し共通して言えることは、リスペクトが全くない。人を敬った上での畏れというものがないんです。これはこの地域特有のものでもあり、強引な受け取り方で言えば“自分本位”ということです」

「現実的な話、ここでコーチとして生きてくことを考えた時、“商売”と考えて自分の心を無にして、ただただお金のことだけ考えるのであればできると思います。ですが、僕にそれはできなかった。中学生でテニスを始めた時からずっと“テニス”に対して崩してはいけない何かがあって、それを崩さないで教えたいというかね」

――素晴らしいロケーションでクラブのパワーやエネルギーを感じます。

「駐車場には当たり前のように高級車が並んでいます。現在、個人でレッスンに通っている方は日本から初めてアメリカにカニカマを輸入した水産関係の経営者の方で、10台のスポーツカーを所有し毎回違う車でやって来ます(笑) プライベートジェットで『明日からちょっとウィンブルドン行ってくるから』とか休みはハワイの家に行くとかが彼らにとっては普通です。例えば、新缶を開けて一度使うとそれを置いて帰ります。コロナの時、壁打ちするためにボールがぼろぼろの状態でも打てるだけありがたいと思って使い続けましたが、ここにはそんな感覚がない」

――富裕層側から見るテニスの価値観もまた違うでしょうね。

「すべてが整った状態で与えられて当然という考え方を随所に感じます。その考えが子供たちにも受け継がれていますね。クラブの山側には6面のメンバー用コートがあり、ATPのチャレンジャーが開催されるほど綺麗なコートです。もちろん、その中にもヒエラルキーがあり、使えるボールやコーチに力関係が存在します。クラブの特徴のひとつとしてサンフランシスコ特有の霧が出るのですが、これにより朝はレッスンコートの整備は後回しにされることが暗黙の了解。会員優先のクラブの姿勢は、時にコーチ側にタフな場面となることも多々あります」

「コーチ側は高額なレッスン代をいただける反面、住居や生活にかかる費用も高く、この1年間でコーチ4人が辞めました。その理由の一つは、マリン郡に住むのはすごく大変だということ。元ヘッドプロは夏休みの間にハワイへ出稼ぎへ行ったと言っていましたね」
       
――そのレッスンでは、見学させていただきましたがゲーム形式になると皆さん人が変わったようでした。

「彼らはポイントゲーム形式が大好き。初めてのレッスン後に私へ『これだけ動くレッスンは初めてだった。ありがとう!』と言ってきた。人数に合わせたゲーム形式があり、パターンに変化を持たせて楽しみ工夫しながら自分の強みをポイント中に学んでいきます。ポイントがかからない練習はそもそも気合が入らないというのもアメリカ人の特徴のひとつですね。上手く打てたことより、どのようにポイントを取っていくかというところに気持ちが入ります」

――日本人は練習の方が好きな傾向にあるように思います。

「簡単に言ってしまえば勤勉さでしょうね。ちゃんとこう基礎を固めてからやろうというものの考え方と、それよりもここではテニスはボールを打つことにフォーカスしています。ゲームとかポイントとかやるでしょう。すごいチート(意図的なミスジャッジ)しますよ(笑) そこまでしてでも勝ちたいんですよね。 もう思わず苦笑いしてしまうぐらいです」




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写真=本人提供