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2020.08.08

選手情報

NY便り「グランドスラム無冠の世界No.1プレーヤー、マルセロ・リオス」

ATP公式サイトは、1998年3月に初めて南米大陸出身者としてATPランキング1位を獲得したマルセロ・リオス(チリ)について掲載している。

天才的なボールタッチ、想像性で
多くのファンを魅了

11歳の時にテニスを始めた天才、リオスはジュニアで、ATPで、そしてシニアツアー(2006年)で1位になった唯一の選手である。
1995年にプロへ転向した彼は、テニス選手としては小柄(175cm)だった。それでも、天才的なボールタッチや想像性豊かなプレー、そして長く伸びた髪を束ねたスタイルで、多くのテニスファンを魅了。多くのトッププレーヤーにも影響を与えた選手である。

ニック・ボロテリー氏をご存知だろう。アンドレ・アガシ(アメリカ)やマリア・シャラポワ(ロシア)、錦織圭(日清食品)など数々のトップ選手を生み出したアメリカIMGアカデミー創設者である。彼は、西岡良仁(ミキハウス)をそのセンスや左利きという身体的特徴を“リオスのようだ”と評している。また、最近では鈴木貴男選手が、「ジャックナイフを初めて見たのはリオス」と、当時のテニス界におけるセンセーショナルだったプレーを紹介している。今でも、多くの人の脳裏に強く残っている。それがリオスなのだ。



初めて世界ランキング1位に輝いたのは1998年3月30日のこと。ATPマスターズ1000大会のインディアンウェルズ、マイアミ大会で「サンシャイン・ダブル」を達成し、ピート・サンプラス(アメリカ)やペトル・コルダ(チェコ)を抜いて、世界の頂点に立った。1ヵ月後には、サンプラスにトップを奪われたものの、8月には再び1位へ返り咲いた。

リオスの最大の功績は、ランキング1位になっただけではない。
母国・サンディアゴでは1位となった記念に、大規模な祝勝会が開催された。それに、のちにチリの「20世紀のベストアスリート」に選出され、いまでも南米のプレーヤーにインスピレーションを与えている。今でも彼はチリの英雄なのだ。

レジェンドも称賛
「最も才能のある選手」

実はリオスは、世界ランキングNo.1となった男子選手の中で、唯一グランドスラムタイトルがない(自己最高は1998年全豪オープン準優勝)という不名誉な記録も持っている。健康体だったら、間違いなくグランドスラマーになったはず。だが、腰に爆弾を抱えていていたこともあり、通算391勝192敗、ツアー優勝18回で28歳という若さで2004年に引退した。
しかし、そのプレーは16年経った今も色あせることない。
現在ラファエル・ナダル(スペイン)のコーチを務める元世界ランキング1位のカルロス・モヤ氏は「リオスのプレーは別格だった。おそらく私がこれまでに見た中で最も才能のある選手だった」とコメント。マッツ・ビランデル氏は「スペシャルな存在」、ステファン・エドバーグ氏も「とても素早く、ファンタスティックなテニスだった」と、レジェンドプレーヤーも称賛している。

 “体が小さくても世界で通用する選手になれる”――彼は投げかけられていた数々の疑問に答えを出した存在。だからこそ、今でも多くの人が覚えているのだろう。

写真=NBP

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