close

2022.10.20

選手情報

上地結衣の増田拓トレーナーに聞く「残存機能を活かすことが強化への道」

  • 著者をフォローする
  • 記事を保存

SHARE

  • 著者をフォローする
  • 記事を保存

上地結衣をサポートする増田拓トレーナー

日本女子車いすテニス界をリードする上地結衣(三井住友銀行/世界ランク2位)。今年最後のUSオープンでは惜しくも優勝は叶わなかったものの、実力を発揮して決勝進出という結果を残した。上地のパーソナルトレーナーとして、USオープンに帯同していたのが、増田拓トレーナーである。「フィジオ(理学療法士)」という言葉は、テニスファンならご存じのはず。どんな活動をしているのかを今回伺ってみた。

【動画】上地結衣vs.デグロートUSオープン女子決勝ハイライト

Q.増田さんの活動について教えてください

「上地選手とは、2017年のグランドスラムから帯同しています。それまでは一般社団法人日本車いすテニス協会のトレーナーとして、車いすテニスの大会や日本人が出る大会に帯同する協会の専任トレーナーとして活動し、東京パラリンピックをきっかけにメダル候補である上地結衣のパーソナルトレーナーとして活動しています」

Q.すると上地選手とは2017年からサポートをしているということですね。

「そうです。私は元々大阪出身で広島へ就職して、そこで開催されていた大会にボランティアでトレーナーをやっていたのですが、その中に一般社団法人日本車いすテニス協会のトレーナーとして活躍されている当時の職場の上司がいました。その方の紹介を受けた形です。上地選手とは何度か、強化合宿や大会などで会っていて、当時のコーチからいろいろと相談を受けてやりとりする中で、グランドスラムの帯同依頼を受け、今に至るという感じです。障がい者スポーツ(パラスポーツ)は、健常の選手以上に身体の状態が大切になります。当時は、パーソナル・トレーナーが大会へ帯同している選手はほとんどいなかったのですが、東京パラリンピックを見据えて、その頃から協会が選手強化の一環としてサポートするようになりました」

Q.昨年の東京パラリンピック時も帯同されていましたか?

「そうですね。コロナ禍にあった1年前から自粛期間中や海外遠征期間中を含めてトレーニングのプランを立てながら合宿や大会でサポートをしていました。東京パラリンピックが終わった時、上地選手から『もう一度1位になりたい』と要望を聞き、私自身も上地選手のサポートを続けたいと思い、今年から一緒に取り組むことになりました」

Q.世界No.1、ディーデ・デグロート(オランダ)選手を超えるために必要なことは、どんなことでしょうか? 

「フィジカル面でいうと、彼女は身長もあるし、手足も長い。その分、パワーがありますよね。対する上地選手は小柄で脊髄の障害があるため腰から下半身にかけて麻痺があります。病気や怪我で障害を負った方に残された身体機能のことを“残存機能”と我々は呼ぶのですが、その部分はデグロート選手の方が有利です。ただし、残存機能が有利だからといって、それが勝敗に直結するわけではありません。それは健常者のテニスでも同じですよね」

Q.クアードクラスは四肢麻痺となっていますが、選手個々によって残存機能は違うのですね。

「車いすテニスはそういう障害が多いですね。特に腰から上の体幹が効くかはプレーに大きく影響を与えます。座面から上に残っている体幹機能があれば、プレーに幅ができます。パワーやスピード、ラケットを振り回すのにバランス能力も高くなります。選手はそれを正確に見極め、戦略や戦術でカバーします。クアードクラスはそこも見所ですね。

上地選手は腰を含めた下半身に障害があるタイプなので、そうでない選手に比べると残存機能が低いと言えますが、これまでのトレーニングでは下半身に対するアプローチがそれまでやっておらず伸び代があるように思いました。例えば国枝慎吾(ユニクロ/男子同2位)選手は同じ脊髄に障害がありますが集中的にトレーニングをすることで“四つん這い”や膝立ちができるようになったり、手で掴んで立ち上がれたりなど、残存機能である下半身や体幹の機能を高めていったと聞きました。そういう使っていなかった部分を強化する事ができた、という事例を聞いて上地選手へのトレーニングに取り入れました。具体的には、理学療法士としての知識・経験を活かして車いすテニス選手のトレーニングに組み込みました。

パラアスリートの最先端にいる上地選手のトレーニングには注目をしていただきたいですね。普通はムリだと思われるトレーニングを上地選手はやってきています。本人自身は、やれるのかではなく、できるまでやるという姿勢です。今では膝立ちになり体幹を立て10キロの重りをブンブン振り回したりできる体幹の強さを手に入れて、それが現在のプレーの基盤になっていると思います」

Q.そういったことが、デグロートを脅かすプレーにもつながっているわけですね。

「(USオープンの決勝は)久しぶりにフルセットまでもつれましたね。デグロート選手相手にはこのままでは終わらないと思っていましたが、第1セットを先取して可能性を見せてくれたと思います。

東京パラリンピックの時も勝利を目指してメニューを組んでいましたが、現在は試合や遠征もあるので集中的なトレーニングを進めることは難しいです。フィジカルテストを定期的に行い、ピーク値から足りない部分を補っていくという手法になっています。正直なところ車いすテニスだけでなくパラスポーツは、障害の度合いによってプレーに差が出てしまうこともありますので、そこをトレーニングするというのがファーストオプションです。

ですが、障害が重いから勝てない、ではなく伸び代をいかに見つけて伸ばしていくか、それがフィジオ(理学療法士)の仕事でもあります。専門家がいないとその伸び代が分からない。今、協会トレーナーたちと一緒に取り組んでいるのは次世代の国枝選手や上地選手を育成していくことです。その世代に向けたトレーニング・プログラムがこれからの車いすテニス選手のスタンダードになるようにサポートできればと思います。その知識がないまま鍛えても、結局はケガのリスクにもつながりますし、日常生活にも影響が出たりするとツアーも回れなくなってしまいます」

Q.理学療法士を選んだ理由について教えてください。

「学生時代、僕はサッカーをやっていました。ケガもしたのですが、少年のころからもっと効率的にパフォーマンスを上げたいと思っていました。スポ根みたいなトレーニング指導法が嫌いだったんでしょうね(笑)。そのためにはケガをせずにどれだけ質の高いトレーニングをできるかが重要と考えていました。でも、ケガをした際、病院に行きますが、ケガをする理由は説明されず、『休みなさい』と言われるだけでした。そんなことがあり、将来はそんな選手を出したくないとスポーツトレーナーを目指すために日本で初めてつくられた“健康スポーツ科学科”がある学校に入ったという経緯です。そのタイミングでメジャーリーグのトレーナー(その方が理学療法士だった)の方の話を聞く機会があり、興味を持って理学療法士の道を志しました。

現在はスポーツ医科学やバイオメカニクスなどをトレーニング指導に活かしています。私のトレーナー活動における基盤は理学療法士という医療分野の国家資格なので病院でも勤めることができます」

Q.フィジオになりたいという方にアドバイスをお願いします。

「理学療法士は病院にたくさんいます。今後、さらに高齢化が進んでいく中でより求められる職種ですね。完治は難しいけど、今よりも良くなる、生活の質を高めていこうという理念を持っています。ケガや病気について良くならないとあきらめている方も少なくないのです。しかし、残存機能を引き出し、身体機能を高めていくことで、より健康でよりアクティブに暮らすことができます。自己実現を助けるような手助けをしたい、それが僕の場合、たまたまスポーツというフィールドでした。誰かをサポートしたい、そんな考えを持つ若い方は、ぜひ世界に出て活躍してほしいなと思います」


無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

いますぐ登録