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2022.08.09

メーカーズボイス

ラファエル・ナダル使用全バボラテニスラケット紹介!!「アエロプロドライブ/ピュアアエロ」と成し遂げたグランドスラム22度優勝

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ラファエル・ナダル、
バボラ社のテニスラケット
と共に
築き上げたGS22冠の軌跡


「まさかここで優勝スピーチができるなんて、自分でも驚いているよ。私にとって最も重要なコートで、また優勝できたんだ。私にとってこれは素晴らしいことで、ものすごいエネルギーが必要なことだった」
 全仏オープン2022、V14を達成したラファエル・ナダル(スペイン)は優勝セレモニーで目を潤ませながら語った。前哨戦では、足を引きずりながらプレーし、「足の怪我は治らないから痛みをコントロールしてプレーする方法を見つけなければならない」と語っていたナダル。試合後の記者会見で告白したことだが、大会中、左足に注射を打って患部を麻痺させながらプレーし、グランドスラム通算22度目の優勝を成し遂げたというのだから驚きである。


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1986年6月3日、スペイン・マヨルカ島マナコルで生まれたラファエル。父セバスチャンは実業家、叔父のミゲル・アンヘルが元スペイン代表でFCバルセロナのレジェンド級選手、祖父ラファエルは音楽家というから、さまざまな才能に囲まれて幼少期を過ごしたのだろう。

ナダルが初めてテニスボールを打ったのは3歳の時と伝えられている。叔父でテニスコーチのトニ・ナダル(※現フィリックス・オジェ・アリアシム/カナダのコーチ)と打ったのだが、4歳になるとグループで週2回テニスをやるようになったという。8歳の時、ナダルは12歳以下の地域大会で優勝。ここからトニ氏の本格的指導がスタートしたのだが、興味深いのは、当時ナダルはフォアハンド、バックハンド共に両手打ちだったということ。そのメリットを考えて、トニは左手でフォアハンドを打つように勧めたのだという。この判断がなかったら、今の栄華はなかったのかもしれない(ナダルは右利きである)。

当時、トニ氏はナダルがとてもいいメンタルを持っていることに気づいていて「グランドスラムで優勝する可能性は高いとは言えないけど、ありえることだ」と思っていたという。また、人格形成をするにあたり、わざと厳しい条件でプレーさせて、厳しく指導したとも明らかにしている。
ナダルは、今年出演したスペインの大手通信会社「テレフォニカ」の動画の中で「テニスを始めたころ、両親や叔父(トニ氏)は、コート上でネガティブな態度を取ったり、大声を出したり、ラケットを破壊したりを許さなかった。ネガティブなどんな行動も許さない。次の大会に出られなくなるんだ。コートの中では特に自制心を持つように教育されてきたと思う。結局は自制心とイライラを我慢する能力なんだ」と語っている。決してラケットに当たるようなことはしないのは、幼少期の教えにあるようだ。


15歳でプロ入りしたナダル
2シーズン目目から
「アエロ」シリーズに変える


12歳になると、スペインやテニスヨーロッパでタイトルを獲得するようになったナダル(ジュニア時代はバボラ「ピュアパワー」やバボラ「ピュアドライブ」などを使用。ちなみにITFジュニア大会には出場していない)は2001年、15歳の時にプロ転向を果たす。同年、そして2001年はITFツアー、チャレンジャーツアーにチャレンジする期間となる。ちなみに、2002年9月には現在内山靖崇(積水化学工業)のコーチを務める増田健太郎氏がナダルと2試合戦っている(いずれもナダルの勝利)。

2003年は198位からスタート。チャレンジャーツアーで着実に勝ち上がってポイントを稼いでいき、4月21日に96位となってトップ100入り。 同年ウィンブルドンでグランドスラム・デビューを果たし、3回戦進出とグランドスラム初勝利も果たしている。
さて、ご存じの方も多いと思いかもしれないが、ツアーデビュー当時、ナダルはバボラの青いラケット「ピュアドライブ」を使用している。


写真=©️田沼武男


同年8月4日付ランキングで84位とトップ50をクリアしたナダル。2004年から、ラケットを「アエロプロドライブ(2004)」に変更する。全豪オープンで3回戦に進出すると、3月ATPマスターズ1000「マイアミ大会」では2回戦でロジャー・フェデラー(スイス)と初対戦している(6-3、6-3で勝利)。しかし翌月、左足首を疲労骨折。クレーコート・シーズンを棒に振り、全仏オープンデビューは翌年に持ち越されることに。それでも、7月に復帰を果たすと、8月のソポト大会でツアー初優勝を果たしている。


写真=©️田沼武男


2005年、一気にスターダムへ!
初代「アエロプロドライブ」を操り
全仏オープン初出場初優勝の快挙達成

そして2005年、ナダルはついにスターダムにのしあがる。
2月コスタ ドゥ サウイペ大会、シーズン序盤から連続優勝を果たすなど好スタートを切るとATPマスターズ1000「モンテカルロ・マスターズ」で優勝、さらに「バルセロナ大会」、ATPマスターズ1000「ローマ国際」と前哨戦3大会連続で優勝して全仏オープンを迎えると、初出場初優勝の快挙を達成するのだ。翌2006年大会で連覇を達成すると、2007年は「アエロプロドライブ(2007)」を操って大会3連覇を達成。2008年で4連覇を果たすと、2年連続でフェデラーに決勝で敗れていたウィンブルドンで、ついにフェデラーを倒して大会初優勝を果たす。同年では北京五輪男子シングルスで金メダルを獲得。そして8月18日、キャリア初の世界No.1となる。


写真=©️田沼武男


2009年は、「アエロプロドライブ(2010)」を使用してシーズンを開始。全豪オープン決勝でフェデラーを下して、ハードコートのグランドスラム初制覇を果たす。そしてクレーコート・シーズン、「モンテカルロ・マスターズ」「バルセロナ大会」「ローマ国際」と前哨戦3大会連続優勝を果たすが、全仏オープン直近の「マドリード・オープン」は決勝でフェデラーに敗れる。そして5連覇を狙った全仏オープン、3回戦でレイトン・ヒューイット(オーストラリア)にストレート勝利を果たし、臨んだ4回戦、ロビン・ソダーリング(スウェーデン)に敗れる。この敗戦後、ナダルは膝の故障を理由に休養。ウィンブルドンも欠場して復帰は8月となった。


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