[追悼]ニック・ボロテリー氏に愛された日本人コーチが語る偉大なコーチの本当の姿＜前編＞「錦織圭という存在で日本のテニスが認められた」

――“特殊”とは具体的に何でしょうか。

山中「例えば、望月だったらバックハンドとネットプレーが良かったので、そこは大切にしなさいと。今でもそうですが、サーブやフォアハンドについて指摘が入りやすく、ニックは逆にそこを褒めてあげていました。『問題ない!』と。たぶん望月の性格も考えていてくれていたんだと思います。それを気にしすぎて集中できなかったり、自分の良さに集中できなくなったりすることもあるので。

逆に、そこがブレている時には厳しかったですね。大事な場面でネットへ行かなかった時やリスクを取ったリターンを打たなかったりとか、そういう時は厳しい指摘もありました。ですが、望月本人にはあまり言わず、コーチに言うところも素晴らしいところ。それをニックの“パフォーマンス”という印象を持たれている方もいらっしゃると思うのですが僕は違った印象です」

――ボロテリーさんから多くの選手、コーチがアドバイスをいただいたと思います。その中で印象的だったことはありますか？

山中「特に西岡は、ニックに救われたと思います。彼にも連絡をしたのですが『ニックがいなかったら、今の場所に自分はいなかった』と言っていました」

――ボロテリーさんからは「西岡は(マルセロ・)リオス（チリ）のようだ」とコメントが出ていたこともあります。

山中「西岡の場合は、盛田ファンド(公益財団法人盛田正明テニス・ファンド)のテストを2回落ちていて、3度目はたまたま日本で選考会をしたところ西岡も呼ばれていた。その際、他の選手が選ばれそうなところをニックが『コイツはちょっとクレイジーだからやらせてみよう』というのが選考理由でした。クレイジーな選手しか(テニス界で選手として)やっていけないんでしょうね。最後にIMGで本人に意思確認をしたら、『やりたい!』ということだったので、そこで救われた。

あと彼のフォアハンドのグリップを直そうとした人が当時はかなりいました。厚かったし、弱点でもあったのですが、『絶対にいじるな』とみんなに言っていました。『これでいいんだ!』『このフォアハンドがあるから他のショットが活きてくるんだ』と。そして、後々西岡がツアーで戦っていくにあたって、高いボールを叩かないといけないという状況の中で、彼が自然に少しばかりグリップを変えたことであって、あの時無理矢理変えなかったことはすごい良かったと思います。

日本では問題になりそうな言葉ですが、ニックからは西岡のことを『お前はコックローチだ』って言ってました。とても彼を可愛がっていましたよ」

――ボロテリーさんの眼に留まった西岡良仁選手の「クレイジー」な点はどういったところでしょうか。

山中「基本的に物事を自分で考えて判断する点です。すべて自己責任で大体が誰かの責任になってしまう事が多いんです。それが上手くいかなかった時の言動に問題がある場合もありますが、人に当たるという事ではなく自分自身に対してのマイナスも出る。それも誰かに何かを言われるということを覚悟しているんです。普通、僕らだと言われるのを察してしまうのでやらなかったり、見せなかったりするんです」

――2022年のUSオープン、1回戦で敗れて相手と握手をした後にラケットバックからラケットを出して折るシーンというのがありました。そういったことですか？

山中「まだそれはかわいい方です(笑)　ジュニアの時にはもっとすごかった。でも僕は自然と腹が立たなかった。それは自分で自己責任を負っているし、誰かのせいにはしていない。それでも抑えられないそれ(感情)がプラスのエネルギーに変わった時の西岡のすごさは皆さんご存知の通りです。それがその時どっちに出るかというのは分からないのですが、それがプラスになった時のエネルギーは僕たちでは想像できないほどのものです。動き、ボールの引き出し方、勝負勘、リターンのすごさなどいろんな事が起きます。

それを短い期間の数時間観ただけで(西岡の選抜を)決めたニックはすごいですよ。僕も西岡のような性格は好きですが、ニックはもっとすごいもの(個人が持つ感性)を見てきている。例えばリオスとかアガシとかです。上手い方にいけば想像を超えたものになるんです。(西岡は)あまり日本人にはいないタイプですね。メンタル的な強さでは錦織より上だと思っています」

【前編】[追悼]ボロテリー氏に愛された日本人コーチが語る本当の姿はこちら

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