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2025.02.15

選手情報

17歳 園部八奏、地元テニスクラブが自身の原点「好きなようにプレーして自分のテニスを伸ばせた」。夢はないが今年の目標は「プロで優勝」

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地元テニスクラブで培った”テニスの楽しさ”が原点に


テニスを始めたのは4歳のとき。仲が良かった近所の家族ぐるみでテニスを始め、4歳上の兄が与野テニスクラブに移ったことで、園部も小学1年生の時に同じクラブで本格的にテニスへの上達のステップを踏み出した。同クラブの代表取締役兼コーチの大西亮氏は、「数人うまい子がいる中で(園部)八奏は飛び抜けていた」と当時を振り返る。

飛び抜けていたというのは、決してテニスが上手だったというわけではない。控えめながら、練習したことをすぐに吸収し実行。兄の練習が終わるまで1時間以上素振りするなどの負けず嫌いな一面もある。関東大会で何度も負けてしまうこともあったが、「そこまで打たなくても…」と思うほど攻めを貫く。大西氏もそんな園部の飛び抜けた「意志の強さ」をなくすことはしなかった。

「ここにいるときはずっと楽しくテニスしていたんです。プレッシャーとか何も感じず、ただただ好きなようにプレーして、自分のテニスを伸ばせた。悩み事もなく、ずっと楽しいだけでここまでやってきました」(園部)



勝負の世界に身を置きながら、今の結果が出ているのはテニスが楽しいものなんだと、与野テニスクラブで培った延長線上にあるとする。いわば自分の“原点”。1年に2度ほどしか日本に帰ってこないが、その時は決まって与野テニスクラブに立ち寄り、コーチや会員、ジュニアと話したり、打ち合ったりする。

それほどまでにテニスが好きになれたのは、ご両親の存在が大きいと大西氏は言う。園部のご両親は家族でテニスを始めるまで、“テ”の字も知らなかった。だからこそ余計な口出しをしなかった。

「本人は一生懸命やっていて、自分なりにその時はこれがいいと思って打っている。それに対して、なんでこうしたんだ、なんで負けたんだというのは言わないようにしました。勝敗はどっちでもよくて、八奏がちゃんと頑張ったんだと言えたらそれでいいというスタンス。今は何か言おうものなら怒られちゃいますよ(笑)」(両親)

スポーツをしているうえで切り離すことができない勝ち負けだが、それにこだわることなく、のびのびとテニスを続けた。

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