close

2020.09.04

メーカーズボイス

ピュアドライブ2021発売へ 革新のバボラは常に歩み続けてきたーーストリング編【前編】

2020年9月、待望のニューモデル「ピュアドライブ2021」*がついに発売となる。毎回、絶大な人気を誇るモンスターラケットの最新作に興味を抱いている人は少なくないだろう。その発売元が「バボラ」であることは、ご存知のはず。だが、どんな歴史を持っているかまで知っているという方はいるだろうか!? なんと18世紀からテニスに関わっているのが「バボラ」なのだ。今回は「バボラのすべて」を短期連載としてフューチャー。まずは2回に分けて「知られざるバボラの歴史」を紹介していく――。
*7機種は2021年1月発売予定


約145年という歴史
テニスの歴史はイコールで
バボラの歴史である

Tennis runs in our blood since 1875.
<1875年以来、テニスは我らの血液だ>




2004年、バボラ<BabolaT>が全世界にメッセージを発信した際のコピーである。ご存じの方も少ないかもしれないが、バボラはテニスブランドの中でも特に歴史があるブランドである。どのくらいか? 何と約145年もの歴史があるのだ。テニスストリングのメーカーとしての発祥から、総合テニスブランドとしての現在まで、その濃密なバボラの歴史を、前後編に分けてご紹介していきたい。

今回は、バボラの起源となった「ストリング」にフォーカスを当てる。


さて、いきなり、ストリングの話をする前に、テニスの発祥について触れておかなければならない。いわゆる近代テニス=ローンテニスが定義されたのは、1874年のこと。ウォルター・クロプトン・ウィングフィールド少佐が考案した「スフェリスティキ」がその原型と言われている。その3年後にウィンブルドンが初開催され、7年後にUSオープンが初開催されているから、意外と伝達は早かったようだ。

【関連記事】8代目「ピュアドライブ2021」ついに発売、テニクラ編集部がその全貌を解説
【関連記事】ピュアドライブ2021発売】ピュアドライブの出現がテニスの歴史を変えた!



試合が行われるということは、当然、プレー道具もできているということ。1875年、イギリス人、ジョージ・バッシー氏が、世界初のテニス用ラケットフレームを作成。そこでバボラが登場する。バッシー氏は、自身が作ったラケットに張るストリングの製作を創業者ピエール・バボラに求めたのだ。



当時、バボラは楽器用、弓用のストリングを作っていた。だから、バッシー氏からの“ラケットに張れる十分な長さとフレームにフィットする質”というオーダーに応えることができたわけだ。試行錯誤の末にできたのは、羊の腸で作られたナチュラル・ガット、テニス用ストリング誕生の瞬間である。とはいえ、バボラ氏の職人魂に火が点いたのだろう。テニス用ナチュラル・ガットの研究を続けていく。1875年に誕生した初代ガットがA、その後、B、C、D…と次々と改良品が続いていき、1925年、納得の高品質である21代目の「V」が完成した。この「V」に、Special String(特別な糸)の「S」を取って、我々も知る『VSガット』と言う名前が付けられる。




スザンヌ・ランランや
フランス四銃士…レジェンドと
共に戦い、性能を高める

その質の高さから、スター選手にも選ばれる。
ローランギャロスの会場名でもお馴染み、スザンヌ・ランランもVSガットを愛用した一人。さらに有名なフランス四銃士、ジョアン・ボロトラ、ジャック・ブルニョン、アンリ・コシェット、ルネ・ラコステにも愛用されていた。四銃士は、フランスをデ杯6連覇に導いたスーパースター集団である。





その一人、コシェットはバボラのVSガットにこんな言葉を残している。

「私のキャリアはアマチュアとしてプレーした。その間、15を超えるストリングブランドを試している。結果、バボラを超える質、安定性、パフォーマンス、満足度を超えるものはなかった。私だけではない。VSガットが四銃士の勝利に貢献していたということを忘れてはいけない」。バボラのストリングに賛辞を送っている。実際、「VSガット」を使用する四銃士は、常にそのフィードバックを送っていて、それがさらなるクオリティーアップにつながり、「VSガット」の地位は揺るぎないものになったわけだ。


その「VSガット」の生産に危機が訪れた時もある。

それは第二次世界大戦後、世界的に物資が不足していた時のことだ。原料となっていた羊の腸が入手しづらくなっていた。そういった中で、バボラは羊に変わる動物の腸を探し求めていく。その結果、たどり着いたのが牛の腸というわけだ。しかも、牛の腸はハイテンションでも切れづらく、素晴らしい弾性を持っていたので、結果的に羊(シープ)より高品質になったのだ。





おもしろいのはそういった困難の中、革新のバボラは新たな計画をスタートさせていたという点。物資不足という中で、バボラがあるものの開発を進めていた。それがシンセティック素材である。1954年、バボラはナイロン・ストリング(モノフィラメント)を完成、発表している。さらに翌年には、さらに柔軟性あるシングルラップ式のナイロン・ストリングを発表。80年代には、芯糸を必要としないマルチフィラメント・ストリングを開発している。地道な努力はいずれ花を開くーー1996年、バボラのシンセティック・ストリングを使ったエフゲニー・カフェルニコフ(ロシア)が全仏で優勝を果たす。カフェルニコフにとっても、バボラのシンセティック・ストリングにとっても、初のグランドスラム制覇だった。


続きを読むには、無料会員登録が必要です。

無料会員に登録すると、記事全てが読み放題。
記事保存などの便利な機能、プレゼントへのご招待も。

いますぐ登録